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敗戦終結日

2008/08/16 03:43
今の日本を、日本人を見るにつけ、これほど無念な日は無い。
私以上に無念であろうのが、祖国の未来を夢見て命をなげうった方々だ。

今、第二の敗戦を迎えようとしている。
しかも、それは多くの日本人によって受け入れられているのだ。

今日の戦争は、成熟したと見える民主主義国家においては武力衝突等は見られない。
前時代的な国家間等において、グルジアやイラクのように軍事的戦争を行う。

さて、戦後間もない頃の多くは軍事的戦争が多く見られた。今ほど民衆も国家も成熟したように見えるものではなかったのだろう。しかも当時は世界的にはまだ今のようには「なぞの利益共同体様な不可解な流れ」はまとまっていなかった。今のように流れをコントロールできなかったのだ。
これは、一番二番の食い物である米経済と日本経済がそれほど、そやつらをでかくできるほどのものではなかったのではないからか、と勝手に推測。

今のように、深い絡みや問題点を悪用したりと言うものではなく、敵地に潜り込んだ細胞が民衆を煽ったり、という先の世界大戦の流れの残滓だったように見えるからだ。
かといって、その「得体の知れないもの」の元が無かったというわけではなかった。

もともと日本の敗戦の根本的なところは、明治の開国、から来ていると思う。
その時点で、もう日本は餌食としての位置を確立し始めていた。
薩英戦争で英国に認められたこと。
日清戦争に勝った事。
日英同盟。
近代的工業化したこと。
近代軍備をそうにしたこと。
軍備の自国生産を可能にしたこと。

ここまでであれば、、、、彼らも我慢できた か も しれない。

しかし、

日露戦争に勝った事。
旧国連で「人種差別撤廃要求」をしたこと。
彼ら以上のテクノロジーを持ち始めたこと。
彼らと同等もしくはそれ以上の軍事技術を持ち始めたこと。

これらは彼らにとって、到底許し難いことであった。
日本人が白人であったのならば問題はなかった。



昭和恐慌
数ヶ月前に始まった米国からの世界恐慌には日本はまだ巻き込まれていなかった。
しかし、金解禁をしたがために巻き込まれ、日本の資産は半減し、輸出も大打撃を受けた。
これを推進したのは当時の日本のリベラル派だという。米政府との結びつきもかなりあり、優柔不断な外国には迎合的な政権であったようである。
日本が資産を失ったのだから、当然その分得た者達がいる。


さて、ここで見えるのが「リベラル」。当時の欧米に染まった者達の多くが持った思想だ。
これが国にとって良いものであり、我が国の発展に大いに寄与し、国民の日本国民としての健全なる精神、つまり人間として立派(世界他国の一般人と比較して)になるのに寄与するのであれば、多いに結構であった。
しかし、残念ながら今から見ると逆であったのが良く分かる。


その後、日本は先進国の中で一番最初に立ち直った。
これは他の先進国人たちにどのような意味合いがあったのであろうか?
素直に認めるものも居たかもしれない。が、それは少数派だったろうし、力の無い隅の住人であったことだろう。
つまり、大方は日本の国力に脅威を感じつつも、その資力に魅力を感じたわけだ。
日本の資産が半分に減ってもなお、すぐに立ち直ったのだから。


この日本に、今以上のものを持たせたらどうなるか?
また、もし、他の黄色どもが日本人のような資質をもっているが、今だ開化できないだけであったらどうであろうか?
そういう奴の妄想はどんどん膨らんでくるのがごく自然ななり行きであろう。


当時の日本の軍備に対する白人諸国の恐怖が良く分かる。いまだから言える事だが。
(しかも、今だそれは更に大きく成長して彼らの中に巣食っていることを後で述べる)


以後、日本の力を削ごう、日本の資産を奪い取ろうという者達がその目的を確実なものにしていったのを想像するのは難しくは無いだろう。そのままなのだから。


ただ、その勢力に対する我が国はあまりにも奸智に対して無邪気すぎた。
今当時を振り返っても、開戦してからではどうにも敗戦を免れないのではないかと思う。し、うまいやり方を見出だした説を今でさえ見たことも聞いたことも無い。

もう、当時から「情報戦により、戦争の半分は決着を付けられる世界」であったのだ。
もうひとつ、敵方が危惧を抱いたアジア人が目覚めると日本人同様になる、という妄想を日本人をも持っていたという致命的な失敗であった。
当時の為政者等日本の中枢に居た者達が、今の世界状況を詳しく分析したら、世界の植民地を独立させることに積極的になれただろうか?
100歩譲って、独立させても「工業化」させることに賛同できただろうか?

結果論でしかないが、当時の毛唐の「植民地政策」は、地球上の生物生存環境に対する被害を著しく遅めたであろうことは否定できないことだ。


逆に、日本人同様になれたのであれば、今、我が国民族だけがこれほどまで悪意を集めなかったであろう。良いほうで目立たなくなるからな。


敗戦後、毛唐どもはこのチャンスに息の根を止めようと思った者も多かったようだ。が、現地(日本)に駐在した多くのものは日本人に感化された様子であり、その息の根を止めることに反対に回った。これも日本に脅威を抱く者達にとって「更に脅威」になったことは明らかであろう。
昨日まで命を懸けて争い、同胞を何十万と失わせた敵を「擁護」してしまうように感化させてしまうのだ。これ以上恐ろしい敵はいるのか?


特に「相手をとことんやっつけてやろう」と思う者達は、敵を潰す理由に関してはことさら敏感になるものだ。



経済に勝る政治は無い
という言葉がある。
良い経済を行えばおのずと良い政治になる、ともとれる。が、
「経済界の上に立てる政界は無い」
が正解であろう。


米国だけではなく、多くの新興国の政界、特に国民が政治的に成熟していない民主主義国家においては、「経済的豊かさ」が国民の第一関心になりやすい。国家の存亡を除いては、それだけと言っても過言でもないだろう。

このひとつだけを見ても「経済に勝る政治は無い」を肯定する以外は無い。

さて、政治的に熟成している国民を抱えた国家は、この地球上にあるのだろうか?
つまり、「経済的豊かさを第一としない国民、国家を優先できる国民」を持った国ということだ。
自国が人間的に誇らしい国になれ、国民のほとんどが人間的に立派であるところの国を維持するための国家、という意味合いであるが。
中国とか朝鮮とか米国露国等の国家を優先されたら世界がたまったもんではない。


そうして戦後の我が国においても、奴等にとっての脅威はあまり低下しなかった。
つーか、
朝鮮特需において、ずいぶん原価割れの仕事もさせられたということだが、それでも急激な経済成長をさせられた我が国に対し、やつらの頭痛は増す一方だったろう。
その日本経済は、奴らの食い物にする獲物である米工業をも脅かしただけではなく、潰し始めていたのだ。
一方、日本には赤が浸透し始めていた。騙されやすい日本人には持って来いの思想詐欺である。日本に脅威を持っている者達にとっては渡りに船であったことだろう。赤の邪魔臭さや利権に対する貪欲さは米国においてのそれで良く分かっていたはずだ。
まさか、やつらが呼び込んだわけでもないと思うが、、政治を混乱させるのは赤をのさばらせるのが一番だからな。終焉させたいときは「赤狩り」を演出し、同時に邪魔者をも潰せるというのはマッカーシーでやったことだ。
しかし、日本では赤狩りは馴染まない。バカ狩りでさえできないのだからw
もともとの思想が村社会主義だから、社会主義の祖先と言うべきか。
「お天道様が見ている」「他の人にわるいでしょう?」等々


挙句、日本人にどんなに悪口を言おうと怒らないw
こりゃ、言うやつらが怒っても仕方がないww「徹底的に馬鹿にされている」と妄想を抱くのは当たり前だ。
しかも「ごめんなさい」と謝ってしまうのだからwww
出鱈目言って素直に謝られた日にゃ、どうよ?

赤と同容に、朝鮮中国勢力をもやつらは巧く利用している様子が、対北朝鮮や対中国の米政策等から感じることが出来る。
もし日本を朝鮮化、中国化できたら奴らにとってはひじょうにやりやすくなることであろう。


バブルにおいて、日本の経済テクノロジーは他国を抜いたようだ。
米が阿呆な脳みそ使って、日本のバブルを悪改造し、その得体の知れないやつらが悪用して稼ぐだけ稼いだ。(サブプライム)
「付けは日本が払う」と。


我が国に残された大金は郵貯だけになった。
郵貯があれば米国は30年食べていけるそうだ。それも大げさだろうが、それだけ大きな獲物を狙わん阿呆な悪党がいないわけが無い。
今、その郵貯を差し出す段階にきているそうだ。我が日本人達の手によって。


また、今まで日本の市場がハゲタカファンドの餌食になったことが2度あるそうだ。しかし2度とも日銀砲で打ち破ったとのこと。
今まで世界でハゲタカファンドの餌食にならなかった国は、日本のその2回だけであるそうだ。


黄金の国、日本。
情報戦で敗戦を迎えようとしている。




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日記
敗戦終結日に仕事の面接が来たのも何かの導きかもしれない。
よい話であれば良いが。
神様、どうかよろしくお願いいたします。









なかのひと
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なぜ日本だけが狙われる?

2008/07/31 20:30
日本がストーカーされる原因がここにある。
彼らの精神の根本を破壊したのが日本なのだ、



「どうしても日本の文明には勝てない。」

白人、中国人等は常に自分達が一番としなければアイデンテティを見出せない種類。
文明は自分達の祖先がはじめに起こし、他の未開なやつらに与えてきてやった、という自負があった。
他の地域は自分達の文明より劣っていなければいけない。
これは大前提なのだ。
その上ではじめて「白人優位」「白人による有色人差別」は理由をもてるのだ。
もしくは「中華思想」がその理由付けができるのだ。

だが、全てをぶち壊すのが日本。



http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/6593059.html
1999/04/17, 朝日新聞夕刊
>こうなると、旧石器時代から縄文時代への移り変わりにますます興味がわく。
石器から土器への移行は「ろうそくから電気へ」と同様に、人間の生活にとって一大転換だ。なぜそれがどこでどう起きたのか、土器をさらに分析して縄文人の暮らしぶりを明らかにするべきだ。


1999/04/17, 朝日新聞夕刊(15面)
>ナイル川やチグリス川流域などの四大文明の地に土器が出現するはるか前、大陸と陸続きだった「日本列島」ではすでに土器の製作が始まっていた。青森県の大平山元(おおだいやまもと)1遺跡で見つかった一万六千五百年前の縄文土器は、世界各地の土器と比べても、けた違いに古い。人はなぜ、この地で土器を作り始め、使うようになったのか


>東京都立大学の小野昭教授によると、ヨーロッパに土器が登場するのは、七千年前ごろ。西アジアからドナウ川沿いに伝わったと考えられている。それに比べると、日本列島での土器使用は驚くほど古い。


>従来の説では、土器の出現は温暖化と関係があるとされてきた。しかし、最後の氷期が終わるのは約一万一千年前で、縄文時代の開始はそれよりかなり前になる


>日本海をはさんだロシアのアムール川流域でも炭素14法で一万二千年前の土器が出ているといい、今後日本列島の遺跡との関連が注目を集めそうだ


>大平山元1遺跡の出土物は、旧石器時代から縄文時代への移りかわりのイメージも大きく変えた。土器片が出たのと同じ地層から石の矢じりが二点見つかったからだ。


>弓矢は投げやりから発達し、日本ではその出現は約一万一千年前とされてきた。一万六千五百年前の矢じりの発見によって、弓矢の使用は一気に五千年以上さかのぼることになる



http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12625685.html
>現在、最古とされる鉄器は福岡県の弥生早期の遺跡から出土した板状鉄斧(てっぷ)だが、今回の測定結果を当てはめると、その遺跡の年代は紀元前9世紀前後となり、支那で鉄器が工具などとして普及し始めたとされる春秋・戦国時代(紀元前770年〜)と肩をならべてしまう。


>Spec Sheet  全長(Length) 全幅(Width) 全高(Height)
仁徳天皇陵   486m 300m 35m
ギザのピラミッド 229m 229m 147m
秦の始皇帝陵  245m 340m 53m


以上、今まで発見された事実。




http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/30242197.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hdymd958/2273290.html
>日本の学校では、どのように『日本』が建国されたのかを殆ど教えない。

>しかし、hdymd958さんのブログ「Nanja - Monja」によると、アメリカの社会科教科書(中等教育用)は、どのように『日本』が創られたのか説明しているという


>※神々の国 Land of the Gods

> 日本の子供たちは、学校で次のように学んでいる。
 イザナギという権威ある神が、その妻イザナミと共に「天の浮橋(Floating Bridge of Heaven)」の上に立った。イザナギは、眼下に横たわる海面を見降した。やがて彼は暗い海の中に、宝石を散りばめた槍をおろした。その槍をひき戻すと、槍の先から汐のしずくが落ちた。しずくが落ちると、次々に固まって、島となった。このようにして日本誕生の伝説が生まれた。

> またこの伝説によると、イザナギは多くの神々を生んだ。その中の一人に太陽の女神があった。女神は孫のニニギノミコトを地上に降りたたせ新しい国土を統治することを命じた。
 ニニギノミコトは大きな勾玉と、神聖な剣と、青銅の鏡の三つを持って、九州に来た。これらはすべて、彼の祖母から贈られたものであった。これら三つの品物は、今日もなお、天皇の地位の象徴となっている。
 ニニギノミコトにはジンムという孫があって、この孫が日本の初代の統治者となった。それは、キリスト紀元前660年の2月11日のことであった

>何百年もの間、日本人はこの神話を語りついできた。この神話は、日本人もその統治者も、国土も、神々の御心によって作られたということの証明に使われた。現在のヒロヒト天皇は、ジンム天皇の直系(Direct Line)で、第124代に当たるといわれる。かくして日本の王朝は、世界で最も古い王朝(dynasty)ということになる。

>参考「世界に生きる日本の心」名越 二荒之助



http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26584569.html
>日本人はY染色体DNAのD系統を高頻度で持つ事で有名である。世界的にもチベット人や中近東の人だけがこのDNAをもっているが、他の世界のどこにもほとんど存在しない。
(URLに図あり)


http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/4685269.html
http://www.narayaku.or.jp/narayaku/image/dna_map.jpg
>松本秀雄氏は、このGm遺伝子について、膨大なデータを集め、
日本民族の体内に保たれている「分子時計」の示すところをあきらかにされた。
(URLに図あり)
(ココまで各URLから抜粋)



特に白人やシナ人の高等教育を受けた者達。非常に自意識が強く、民族意識が強い。
彼らには日本の文明を受け入れる精神性は皆無であるし、ましてや米教科書に「神々の国」などと記載されてあるのを見れば、許し難いことであろう。
しかも、Gm遺伝子等で見ると、日本とチベット等は世界でも特殊なものである。
やつらの意識から見ると、「聖なるもの」にでさえ見えるかもしれない。そうなるともうどうしても許し難いものになる。残しておいて許せるものではない、となる。
自分達より「上」の種は存在してはいけないのだから。


美人で賢く性格が良い娘をもつ同様な家族で意地汚くないから金持ちになれずにほどほどの生活を送りつつ施ししている一家と、その女の子をいじめていもいじめても飽きたらない金貸し一家の下劣極まりない差別意識と選民意識に凝り固まった嘘や犯罪をも自分達のためなら許されると思う“紙一重の向こう側”なやつら、という構図とどう違う?


しかもだ、
働き者で素直で賢いから、、
米の弱電工業は壊滅状態にまで追い込まれたではないか。
車だって危機だった。

やつらは寄生虫経済によって生きながらえている種族だ。その根本を破壊されたのだ。「恐怖を味合わされた」のだ。
そのようなやつらの敵は絶滅させても仕方がないくらいな仕返しを覚悟すべきなのだ。

あげく、本来自分側の奴隷身分である一般人どもが「日本日本」とうるさい。敵側にぞっこんにまでなっている若者達まで発生している。
これがやつらにとって将来の危機といわずになんといえるのか?


日本は存在していただけだ。
日本の歴史は、民族はそれを生きながらえさせてきただけだ。
どこにも寄生せず、迷惑もかけずに。

だが、それが気に食わない、というやつらも存在するわけだ。
で、それが今世界で一番の力を握っているやつらになる。東西で。




まぁ、このくらいの危機感を持ってして、初めて外国に対する最低限の心構えを持つための参考知識くらいになるかもしれない、というところであるかもしれないw



 


【各国首脳は中国に人権改善要求を】
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/164514/

世界の人権問題に取り組むNGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW、本部ニューヨーク)の中国リサーチャー、フェリム・カイン氏が来日、産経新聞と会見し、北京五輪開幕を前に中国の人権状況が悪化していることに懸念を表明するとともに
「開会式に出席する世界の首脳は北京入り前に、人権尊重を中国に強く求めるべきだ。
行ってからでは遅い

と述べた。
(ここまで)





よろしかったらお願いいたします!
http://www.for-the-people-of-tibet.net/
 (チベット署名)




チベット大虐殺は、中国人により、進行中!!!





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<<会社譲ります>>
日本からの輸入販売業(5年経過)
価格 タダw
閉め様と思ったのですが、バンコクを代表する5星ホテル10軒を筆頭に良い固定客がそこそこ付いています。折角ここまで広げたのを無にするのも忍びなく、誰か引き受けてくれる方を探しています。
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運転経費 事務所、従業員(2人)、経理などの毎月の経費等で約4−5万バーツ

日本人ならば2−3ヶ月で覚えられます。
言語に不安がある方は、夜に語学学校に半年も通えば充分です。何人もの知人がそれで話せるようになっています。

会社さんの場合、伸ばしたい者に研修のつもりで経営させる最小限の規模で、よい経営者感覚を作れるのではないでしょうか。

年数が経っているので、信用は付いています。

ご興味がございましたら、
http://unimaro.blogspot.com/
こちらのブログのコメント欄にメッセージに入れてくださいますよう、お願い申し上げます。








なかのひと
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【疑わしぃ】昭和恐慌も?【騙された?】

2008/07/25 18:33
もしや?
戦前からも?
世界大恐慌のときも?
などとーーーーWkikしながら開いたウィキ♪
期待に応えてくれました!


(ウィキから)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E6%81%90%E6%85%8C
(ちょっとサヨ掛かっている文が気になりますが、差っぴいて読んでください)

緊縮財政によって約3億円の正貨が準備され、日本は1930年1月に金解禁を行った
しかし、前年の11月にアメリカ合衆国のニューヨーク・ウォール街で起こった株価の大暴落による恐慌は既に世界中に波及しており(世界恐慌)、日本の金解禁はその影響をまともに受けることになってしまった。

しかし、金禁輸前の旧平価での解禁であったため、実質的には円の切り上げとなり、井上蔵相の狙いとは裏腹に輸出は激減した。

更に正貨は海外へ大量に流出し、解禁後僅か2ヶ月で約1億5000万円もの正貨が流出した。
(なーんーでーー?3ヶ月前から世界恐慌が起きているわけでしょう?知らなかったの?でも、なぜ急に「金解禁」なんかやったの?誰が、どう、いつから、金解禁を推薦したの?そこを詳しく知りたい。 ら し き 者などが絡んでいても、私の勝ちだ。
下からも判るとおり、米が経済悪化する下地は出来ていたのだ。恐慌にならずとも、日本の金解禁は米経済に有利に運んだ。
しっかし、、、この頃からもう貢君に−騙されて?−されいたのか、、日本人のDNAか?縄文時代から調べてみたくなったぞwww)


1930年3月には株式・商品市場が暴落し、生糸、鉄鋼、農産物等の物価は急激に低下した。また、中小企業の倒産が相次ぎ、失業者が街に溢れた。当時現在よりも遥かに価値が高かったはずの大学・専門学校卒業生のうち3分の1が職がない状態であった。
都市にも大きな打撃を与えた恐慌であったが、とりわけ大きな打撃を受けたのは農村であった。
生糸の対米輸出が激減したことに加え、デフレに豊作が重なり米価が激しく下落したことで農村は壊滅的な打撃を受けた。当時、「米」と「繭」の二本柱で成り立っていた農村は、その両方が倒れることとなり、困窮のあまり欠食児童や女子の身売りが深刻な問題となった。
(ねぇ、対米輸出が激減=米国内産業の保護=第三国での日本製品大打撃、だよねぇ。
グローバリズムに汚染された今現在の日本の市場のような証券市場が出来ていなかたのが救いだったね!
日本システムが健在ならば、「グローバリズム」という汚染による不健全か取引の悪影響をうけないもんなのだろうね。これはプラザ合意からの過程で日本経済が「グローバリズムに汚染され」て、がたがたに成ってきたというのと、今のほぼ防御策も全く無いのに「グローバリズムに汚染された」市場を持った今の日本と比べれば一目瞭然だ。
「時代が違う!」いうバカがいるかも知れんが、当時も他国も時代が違った。でもその時代に合った方式の中で、日本システムが良かった。今はグローバリズムシステムに汚染されてがたがたじゃないか。グローバリズムなシステムが良いのであれば、汚染されればされるほど良くなって行くはずだろ?
ばかんじゃないの?)


濱口雄幸首相が、ロンドン海軍軍縮条約調印に伴う統帥権干犯問題により右翼に狙撃され、内閣が倒れると、同じく立憲民政党から第二次若槻禮次郎内閣が成立したが、有効な対策を講じることができないまま早々と倒れ、立憲政友会から犬養毅内閣が成立した。

犬養内閣の高橋是清蔵相は、ただちに金輸出を再禁止し、日本は管理通貨制度へと移行した。
高橋蔵相は民政党政権が行ってきたデフレーション政策を180°転換し、軍事費拡張と赤字国債発行によるインフレーション政策を行った(略)。

金輸出再禁止により、円相場は一気に下落し、円安に助けられて日本は輸出を急増させた。

輸出の急増に伴い景気も急速に回復し、1933年には他の主要国に先駆けて恐慌前の経済水準を回復した
(流石だねぇ!米よりすごいじゃない!!これも日本経済の基本が健全で、毛唐みたいな騙しやうそやセコさの上に成り立った出鱈目経済ではなく、日本人らしい堅実な経済を築いてきたからできたことであろう。
残念ながら、今の日本では露ほどにも可能性が無いことだ。
肝心な「財界」がエボラ末期患者の下痢弁人間だらけで、政界が「その糞に付いた寄生虫」でしかないからだ。
官僚?エボラ末期患者当人にきまっているじゃないか!)




日本は円安を利用して輸出を急増させたが、米英などからは「ソーシャル・ダンピング」だと批判を受けた。
(あまりにも見事なことやられたから言うことなかったらしいなwww毛唐ってぇやつらはwww)

米英仏など、多くの植民地を持つ国は、日本に対抗するため、自らの植民地圏でブロック経済を構築した
ブロック経済化が進むと、一転して窮地に立たされた日本もこれらに対抗することを余儀なくされ、日満支円ブロック構築を目指して大陸進出を加速させることとなる。
(ほほう、毛唐が先にはじめたことが原因なのか!しかも徒党を組んで日本一カ国を迫害)

日本と同じ後発資本主義国であり、植民地に乏しいドイツ・イタリアも自国通貨の勢力拡大を目指して膨張政策へと転じた。こうした「持てる国」と「持たざる国」との二極化は第二次世界大戦勃発の遠因となった。
(つまり、米を筆頭に、英仏が、第二次大戦を始める原因を?w以下、最後にw)

昭和恐慌として特筆されるのは、当時世界恐慌に見舞われた他の資本主義国と違って実質国民総生産や工業生産高はほとんど減少せず、先の金融恐慌の処理で信用不安の問題が殆ど解決されていたことなど、恐慌とともに起きる筈の経済現象が世界恐慌の波及時には殆ど起こらなかったことである。その代わり、農産物の価格低下、労働者賃金の低下、内需不振によるデフレは深刻なものとなった。
(健全だったのだねぇ!他人の金を転がして自分だけ楽してまるまる太ろう、なんて蛆虫の糞以下下劣虫は居なかったと見える、つーか、今の日本のそういう糞虫達は日本人じゃないのかなー?DNAチェックしてみたいもんだね♪)




ここから「世界大恐慌」の背景を見てみよう

(ウィキより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%81%90%E6%85%8C
(経済より変な政治的なバイアスが掛かってないか?↑ここ。)

第一次世界大戦後、1920年代のアメリカは大戦への輸出によって発展した重工業の投資、帰還兵による消費の拡張、モータリゼーションのスタートによる自動車工業の躍進、ヨーロッパの疲弊に伴う対外競争力の相対的上昇、同地域への輸出の増加などによって「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的栄光を手に入れた。
(をいをい! 「永遠の繁栄」?言ってて恥ずかしくないか?人として恥ずかしくないか? お前らの性質はこの言葉からもようくわかるよ。他の人類の敵、以外に読めない言葉だぞ?)

1920年代前半に既に農作物を中心に余剰が生まれていたが、ヨーロッパに輸出として振り向けたため問題は発生しなかった。

しかし農業の機械化による過剰生産とヨーロッパの復興、相次ぐ異常気象から農業恐慌が発生。
(恐慌になる前に政府が把握して生産調整とかさせないのか?つーか、商人はナにやっているんだ?仲買人は。先読みしないのか?商人どうして情報やり取りしてないのか?仲買人達で販売規制とかして価格調整とかしないのか?日本の江戸時代あたりにやってたように思ったが、、、漫画がソースだったかもww日本の漫画は新聞より正確!!)

また、第一次世界大戦の荒廃から回復していない各国の購買力も追いつかず、社会主義化によるソ連の世界市場からの離脱などによりアメリカ国内の他生産も過剰になっていった。
また、農業不況に加えて鉄道や石炭産業部門も不振になっていたにもかかわらず投機熱があおられ、適切な抑制措置をとらなかった。
(あー、建国して100年くらいか、、罪人や流民の子孫に政府をまともに運用って、、厳しかったのだろう。しかも毛唐だし)

アメリカの株式市場は1924年中頃から投機を中心とした資金の流入によって長期上昇トレンドに入った。

株式で儲けを得た話を聞いて好景気によってだぶついた資金が市場に流入、さらに投機熱は高まり、ダウ平均株価は5年間で5倍に高騰。
1929年9月3日にはダウ平均株価381ドル17セントという最高価格を記録した。
市場はこの時から調整局面を迎え、続く1ヶ月間で17%下落したのち、次の1週間で下落分の半分強ほど持ち直し、その直後にまた上昇分が下落するという神経質な動きを見せた。
(今は昔から全然変わってなかったのだね♪ 賢い人たちって、なぜ学習能力ないのかなーw)



そのような状況の下1929年10月24日10時25分、ゼネラルモーターズの株価が80セント下落した。
(えーと、なぜ?なぜGM?誰かが何かを企んだ?その前の株価の動きもしりたいもんだ)

下落直後の寄り付きは平穏だったが、間もなく売りが膨らみ株式市場は11時頃までに売り一色となり、株価は大暴落した。
この日だけで1289万4650株が売りに出されてしまった。
ウォール街周囲は不穏な空気につつまれ、警官隊が出動して警戒にあたらなければならなかった。
シカゴとバッファローの市場は閉鎖され、投機業者で自殺したものはこの日だけで11人に及んだ。
(大暴騰した後、GM株を大量に買った奴っているのかなー)

(略)
翌25日金曜の13時、ウォール街の大手株仲買人と銀行家たちが協議し、買い支えを行うことで合意した。
このニュースでその日の相場は平静を取り戻したが、効果は一時的なものだった。
(信用が全く無いwww)

週末に全米の新聞が暴落を大々的に報じたこともあり、28日には921万2800株の出来高でダウ平均が一日で13%下がるという暴落が起こり、更に10月29日、24日以上の大暴落が発生した。
(28日夜に何があったのか?ニュース番組でもあったのか?)

この日は取引開始直後から急落を起こした。最初の30分間で325万9800株が売られ、午後の取引開始早々には市場を閉鎖する事態にまでなってしまった。

当日の出来高は1638万3700株に達し(これは5日前に続く記録更新であり、以後1969年まで破られなかった)、株価は平均43ポイント(ダウ平均で12%)下がり、9月の約半分ぐらいになってしまったのである。
一日で時価総額140億ドルが消し飛び、週間では300億ドルが失われた計算になったが、これは当時の米国連邦年間予算の10倍に相当し、アメリカが第一次世界大戦に費やした総戦費をも遥かに上回った。
(ぶっ飛んだ金って、どこ言ったの?最初っから泡だった金?)

投資家はパニックに陥り、株の損失を埋めるため様々な地域・分野から資金を引き上げ始めていった。
(二次災害!これが傷をえぐり、致命傷にしていく。損失埋めるなよw)

(略)
そしてアメリカ経済への依存を深めていた脆弱な各国経済も連鎖的に破綻することになる。
過剰生産によりアメリカ工業セクターの設備投資縮小が始まったのが大きな要因であり世界恐慌がさらに投資縮小を誘引したため、強烈な景気後退に見舞われることになった。
産業革命以後、工業国では10年に1度のペースで恐慌が発生していた。しかし1930年代における恐慌(世界恐慌)は規模と影響範囲が絶大で、自律的な回復の目処が立たないほど困難であった
(今の中国レベルの工業経済観念だったというわけですね。でもぷんぷん臭うねぇ。)



未曾有の恐慌に資本主義先進国は例外なくダメージを受けることになった。
植民地を持っている国(アメリカ・イギリス・フランス)は様々な政策を採りダメージの軽減に努めたが、
持っていない国(日本・ドイツ・イタリア)はそれができず
(略)
第一次世界大戦後、世界恐慌まで続いていた国際協調の路線は一気に崩れ、第二次世界大戦への大きな一歩を踏み出すこととなった。

この中で経済政策で対応し、かつ満州を経済圏として持った日本のGDPは1934年に恐慌前の水準に戻り
ニューディール政策も取ったアメリカは1941年まで恐慌前の水準に回復することができなかった
(この件でも、日本は嫉妬されたな、確実にwwwこのねたみや恐れが今まで連綿と続く「日本つぶし」の源流なのか?)

共和党のフーヴァー大統領は古典的経済学の信奉者であり、国内経済において自由放任政策を採った。
その一方で1930年にはスムート・ホーリー法を定めて保護貿易政策を採り、世界各国の恐慌を悪化させた。
(いや、放任するしかできなかったんだろ?それにぴったり合致したのが古典経済学だっただけじゃないのw)

1931年、オーストリア最大の銀行が倒産してヨーロッパ経済の更なる悪化が予想されたことに対しようやくフーヴァーモラトリアムと称される支払い猶予を行ったが、既に手遅れであり恐慌は拡大する一方だった。
1932年後半から1933年春にかけてが恐慌のピークだったようで恐慌発生直前と比べて株価は80%以上下落し、工業生産は平均で1/3以上低落、1200万人に達する失業者を生み出し、失業率は25%に達した。
閉鎖された銀行は1万行に及び、1933年2月にはとうとう全銀行が業務を停止、社会主義革命の発生すら懸念された。

こうした中、修正資本主義に基いたニューディール政策を掲げて当選した民主党のフランクリン・ルーズヴェルト大統領は公約通りテネシー川流域開発公社を設立、更に農業調整法や全国産業復興法を制定し、更にラテンアメリカとの外交方針を以前の棍棒外交から善隣外交へ転換した。
(脅しの外交から騙しの外交へと、、、)

ただ、ニューディール政策は1930年代後半の景気回復を前に規模が縮小されるなどしたため、1930年代後半には再び危機的な状況となった。
(バカ?状況をしりたいですね)



アメリカ経済の本格的な回復はその後の第二次世界大戦参戦による莫大な軍需景気を待つこととなる。


(米が参戦従ってたのは「戦時景気」に加わりたいから、って聞いたけど。領土意欲というか、加わって米の支配下を広げないと自分だけ損する、と思ったのだろうな。第一次対戦の経験があるからね。しかも直接主導権握れば全て思いのままだし。ライバルはめためただから参入すればに主導権握れる。これほどおいしいチャンスは無かったであろう。でも、二次大戦でおいしい思いしすぎて「その夢をもう一度」とベトナム、西アジア中東などでやって、うまく行っては失敗し、だからねぇ)


フランス
イギリスと同様、ブロック経済(フランブロック)を形成したフランスはファシズムに対抗するため、仏ソ相互援助条約を締結。そしてコミンテルンの指導を受けたレオン・ブルム人民戦線内閣を組閣する。
(フランスって、このときも赤になってたんですねぇ。面白いやつ等wwだからドイツにやられても他の国がほっといたんだ。仕方ないやねー♪)

ドイツ
元々、第一次世界大戦の敗戦で各国から巨額の賠償金を請求され、ハイパーインフレーションやフランスのルール占領などにより極度に弱体化が進んでいたドイツ経済は世界恐慌によって深刻な状態へ陥った。

アメリカ企業も次々と撤退、少しずつ復興しかけていた経済は一気にどん底に突き落とされた。結果、大量の失業者が街に溢れ国内経済は破綻状態となる。
(略)
ヒトラーはソ連での計画経済の成功を受けて作成された四カ年計画に基づき軍拡と公共事業の拡大(アウトバーンの建設等)を実施した。また、民間の重工業化を支援した。
二次に亘るこの計画により失業者は劇的に減少し、経済的な回復は達成された
(日本同様にまともなことしてうまくやったねぇ。流石ですな。でも、だからねたまれ嫌われる。まともな民族は目障りなんだとさ)


世界恐慌中の各国工業生産の推移

年 アメリカ イギリス フランス ドイツ 日本 ソ連
1928年 93 94 92 99 90 79
1929年 100 100 100 100 100 100
1930年 81 92 100 86 95 131
1931年 68 84 86 68 92 161
1932年 54 84 72 53 98 183
1933年 64 88 81 61 113 196
1934年 66 99 75 80 128 238
1935年 76 106 73 94 142 193

(1929年=100)

(ここまで抜粋。各文中にカッコつき小文字太文字で私の勝手なコメントを入れています)







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<<会社譲ります>>
日本からの輸入販売業(5年経過)
価格 タダw
閉め様と思ったのですが、バンコクを代表する5星ホテル10軒を筆頭に良い固定客がそこそこ付いています。折角ここまで広げたのを無にするのも忍びなく、誰か引き受けてくれる方を探しています。
負債、メンテナンス費用の前受け金が2万バーツ程度。他、なし。
運転経費 事務所、従業員(2人)、経理などの毎月の経費等で約4−5万バーツ

日本人ならば2−3ヶ月で覚えられます。
言語に不安がある方は、夜に語学学校に半年も通えば充分です。何人もの知人がそれで話せるようになっています。

会社さんの場合、伸ばしたい者に研修のつもりで経営させる最小限の規模で、よい経営者感覚を作れるのではないでしょうか。

年数が経っているので、信用は付いています。

ご興味がございましたら、
http://unimaro.blogspot.com/
こちらのブログのコメント欄にメッセージに入れてくださいますよう、お願い申し上げます。







なかのひと
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はんげき♪ 【取り戻そう!南部を!!】

2008/07/25 01:07
攻撃は最大の防御なり、って昔の人が言ってたよなー


(ウィキから)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%BB%E9%82%A3
任那(みまな、にんな、369年[要出典] - 562年)は古代に存在した朝鮮半島の南部地域
(中略)

しかしながら、1983年に慶尚南道の松鶴洞一号墳(墳丘長66メートル)が前方後円墳であるとして紹介されて以来、
朝鮮半島南西部で前方後円墳の発見が相次いでおり
(その後の調査により、松鶴洞一号墳は築成時期の異なる3基の円墳が重なり合ったものであり、前方後円墳ではないことが明らかになった)、
これまでのところ全羅南道に11基、全羅北道に2基の前方後円墳が確認されている

また朝鮮半島の前方後円墳はいずれも5世紀後半から6世紀中葉という極めて限られた時期に成立したもので、百済が南遷する前は金官伽耶を中心とする政治的領域の最西部であったとする説がある地域のみに存在し、円筒埴輪や南島産貝製品、内部をベンガラで塗った石室といった倭系遺物を伴うことが知られている。

そのため、ヤマト朝廷と深い関連を持つ集団(ヤマト朝廷から派遣された官吏や軍人、ヤマト朝廷に臣従した在地豪族)が伽耶地域とその西隣の地域において一定の軍事的影響力および経済的利権を有していたことについては ほぼ確実視されるようになった
(略)(ココまで)

さて、
全羅南道、全羅北道に在住の朝鮮人の皆様!!

あんたらの土地は下朝鮮に属したほうが得か、
日本に戻ったほうが得か?

ようく考えてみたほうがいいんではないかい?








(賢明なる日本の愛国者の方だったら、このエントリの意味合いを簡単にお分かりだと思います♪どうかよろしくお願い申し上げます!!♪♪)



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なかのひと
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右寄り報道を過信しないほうがよいかと、、、(後編)

2008/07/15 19:14
(続き)

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/taiwan/1085562566/1-37
1 :美麗島の名無桑:04/05/26 18:09
産経新聞社長に住田専務が内定
http://www.asahi.com/business/update/0525/108.html

サンケイ新聞が台北に設置した「蒋介石秘録執筆室」の陣容
室長 古屋奎二
室員 岩野弘
    香川東洋男
    下室進
    住田良能 (←!!)
    間山公麿(写真部)

2 :美麗島の名無桑:04/05/26 18:11
住田良能氏 すみだながよし 1944年10月生まれ 58歳 神奈川県出身 
慶應義塾大学経済学部卒業 69年産経新聞社入社 
台北支局ワシントン支局勤務を経て86年政治部次長 
89年外信部長兼論説委員 94年編集局長 96年取締役東京編集局長 
98年6月から常務取締役・主筆・東京編集局長 
2000年6月 専務取締役 主筆・大阪代表 2002年6月 専務取締役 総括・主筆 
現在に至る (2008年現在、同社社長)
http://kodansha.cplaza.ne.jp/henshusha/interview/007-01.html

13 :美麗島の名無桑:04/05/28 00:07
かつて数寄屋橋の交差点で毎日演説していた反共右翼の象徴・赤尾敏大先生も「日華親善!中華民国万歳!蒋介石総統万歳!」ってぶち上げてたなぁ。

80年代までは
日本の国民党シンパ=自民党タカ派、反共右翼、産経新聞で、
民進党は「民主化運動」「反公害・反原発」などで日本社会党と繋がりがあった。
民進党が県長・市長選で勢力を伸ばした頃に、日本で出版された本では「日本社会党のような政党を目指す」と書いてあったよ。

14 :美麗島の名無桑:04/05/28 00:12
【御注進】南京大虐殺40万人!by産経新聞

蒋介石秘録12 日中全面戦争 第一章 全面戦争に突入 その12 南京大虐殺の悲劇
P69−70 全世界を震え上がらせた蛮行より

>こうした戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量虐殺は2カ月に及んだ。
>犠牲者は三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである。

蒋介石秘録12
 日中全面戦争 著者サンケイ新聞社 発行所サンケイ出版 
昭和51年6月11日〜7月31日までサンケイ新聞に連載された分を収録
2以下全文UP
http://society.2ch.net/test/read.cgi/mass/1039557069/

26 :美麗島の名無桑:04/05/30 01:13
>陳水扁総統の対日観

>最近、親台派日本人に衝撃を与えたのが、陳総統の「靖国・教科書問題」を巡る発言だ。
>これは八月下旬、日本人との会見でなされたもの。「戦争を起こした国は全責任を負うべき」
>「歴史の真相はただ一つ。改鼠は許されない」「近隣諸国を尊重せよ」等々、李前総統には
>見られなかった「反日」姿勢である。
> この時日本人側は「国として譲れない問題もある」と反論した。
>しかし多分聞く耳を持たなかったろう。何故なら彼には「日本が侵略の全責任を追うか否か」だけが問題だった。
>「教科書」にしても実際内容より、ただ「近隣国の要求を呑むか否か」だ。
> (中略)
>いずれにせよ問題は「日本=侵略国」との犯罪史観に陳総統ら戦後世代が染まっている事だ。
>それが学問と無縁な、極めて政治的代物である事は、好い加減に気付かれて良いだろう。

33 :文責・名無しさん:2005/05/07(土) 15:39:32 ID:Nej1PVU6
石川水穂
昭和22年2月17日生まれ 三重県出身
昭和47年3月 東京大学法学部 卒在学中、民社学同委員長
昭和47年4月 産経新聞社入社
前橋支局、本社整理部、社会部、科学部、特集部などを経て、
平成3年2月 社会部編集委員(教育問題担当)
平成9年3月 論説委員(同)を兼務

昭和57年夏の「侵略」「進出」をめぐる教科書誤報事件以来、
主として歴史教科書問題、南京事件、慰安婦問題などの取材に携わる。
現在は「教育再興」シリーズのデスクワークを担当。

31 :文責・名無しさん:2005/05/04(水) 23:30:15 ID:d2wT0xIO
清水高志=寺井融というのは判明してるが
タイラ新一は何者か?

42 :文責・名無しさん:2005/05/22(日) 16:15:58 ID:cRMdh0qJ
サンケイ出身の高山先生が
週刊新潮に「蒋介石秘録」について批判しているけど、
あれって住田社長の作品だって聞いているけど、どうなんだろうね。

43 :文責・名無しさん:2005/05/22(日) 17:32:30 ID:VprtZkjQ
退社したのはそのせいか?

46 :文責・名無しさん:2005/05/24(火) 00:49:40 ID:Y0r0gK9f
正論路線を構築したのは鹿内信隆です。
産経を私物化した鹿内ですが、正論路線では功績があります。
千野女子が外務省べったりですが、正論路線がつとまりますか?

56 :文責・名無しさん:2005/06/06(月) 20:41:26 ID:oGYTJnOC
>>1
なんか民社党を槍玉にあげてるけど、変じゃないか?そんなもん誰も支持してくれんぞ。産経は最初から保守だからな。
保守を前提にして、みせかけの保守というなら分かるが。バカじゃないか。

57 :文責・名無しさん:2005/06/06(月) 20:51:48 ID:gSuBtobL
朝日 宮沢派+社会党江田派
読売 田中派+中曽根派
産経 安倍派+民社党

こんな感じじゃない

58 :文責・名無しさん:2005/06/07(火) 00:48:31 ID:jL8Q0ED+
>>57
そだね

59 :文責・名無しさん:2005/06/07(火) 01:08:38 ID:6Vdv6xs7
>>56
「産経新聞」と「旧民社党」と「松下政経塾」と「歴史教科書をつくる会」の相互連関関係に興味を持ってる人は多いよ。
副島隆彦とその門下生、噂の真相の岡留編集長、大原社研、日産労組研究の横浜市大の先生方とか…

83 :文責・名無しさん:2005/06/25(土) 18:49:10 ID:5It1MmxK
産経新聞社は二十一日開いた株主総会と取締役会で役員の選任と担務を決めた。決定した人事は次の通り。
http://www.sankei.co.jp/news/050622/per011.htm
ねえねえ、阿部雅美編集局長の名前がどうしてないの?

84 :文責・名無しさん:2005/06/26(日) 02:17:57 ID:2ZUtdoA9
>>83 教えてあげましょう。阿部さんは取締役待遇です。

85 :文責・名無しさん:2005/06/26(日) 03:44:56 ID:30MTP5gx
編集局長だったら常務をあてがうはずなんだけどな


118 :文責・名無しさん:2005/09/28(水) 18:55:41 ID:gcYiueym
東京都知事選民社党公認候補の松下正寿先生著作集

タイトル 野たれ死の思想
責任表示 松下正寿著
出版地 東京
出版者 富士社会教育センター出版局
出版年 1973
形態 353p ; 19cm

タイトル 文鮮明と統一教会 : その人と運動をさぐる
責任表示 フレデリック・ソンターク著
責任表示 松下正寿監訳
出版地 東京
出版者 世界日報社
出版年 1979.6
形態 360,8p ; 20cm
注記 文鮮明の肖像あり

タイトル 文鮮明 : 人と思想
責任表示 松下正寿著
出版地 東京
出版者 善本社
出版年 1984.5
形態 183p ; 20cm
注記 文鮮明の肖像あり


120 :文責・名無しさん:2005/10/15(土) 00:28:43 ID:hj6T5Dju
新しき世の  新しき風
わが党の  うちより興る
民主社会の旗  あきらかに
今ぞ結ぶ  勤労の同志
うるわしき  日本を築く
自由こそ  われらが生命


123 :文責・名無しさん:2005/10/22(土) 02:23:00 ID:ucllB0BZ
10月25日は社長の誕生日です。
作る会の皆さん、日本会議の皆さん、民社党OBの皆さん、勝共産連合の皆さん、
祝電をお忘れなきように。

129 :文責・名無しさん:2005/11/02(水) 11:52:11 ID:xwmEhOjD
産経新聞東京本社(1日)
 編集局長を委嘱 取締役編集・写真報道担当柳原正志▽
総務局付、株式会社産経デジタル出向=社長就任予定(編集局長)阿部雅美

130 :文責・名無しさん:2005/11/03(木) 00:29:07 ID:imB42+j4
>>129
産経デジタルって別会社-話題にもなっていないのに反応するとは・・・
社内の関係者ですか????

131 :文責・名無しさん:2005/11/14(月) 08:11:32 ID:nBQP7DYf
この分社化で、産経の社員は、どれくらい減るんだろ?

132 :文責・名無しさん:2005/11/14(月) 22:05:05 ID:R3phxUd6
>>131
バイト含めて90名くらいがある時期をもって移籍だそうだ。
明日が第一陣の人事だと聞いているが・・・

ところで分社化でどこの会社と組むか知ってる?

134 :文責・名無しさん:2005/11/26(土) 23:45:50 ID:1AuF4t/z
>>132
つライブドア


151 :文責・名無しさん:2006/01/22(日) 02:30:16 ID:Ywph/rHQ
思い出の地訪問 投稿者:西尾 幹二 投稿日:2004/03/08(Mon) 15:17

2月28日茨城県の大洗町で講演をした。300人の会場に400人が来て、ロビーや別室のテレビの前に人を集めて、急場をしのいだ。29日付の産経新聞(茨城版)に次のように書かれてあった。

 【憲法や教育に熱弁 大洗の「西尾講演会」に400人 】
 『国民の歴史』の著者で新しい歴史教科書をつくる会名誉会長の西尾幹二・電気通信大名誉教授の講演会「米中のはざまに立つ日本―外交・防衛・教育」(大洗町主催)が28日、大洗町磯浜町の大洗文化センターで開かれ、約400人が参加した。

 つくる会幹部の講演としては異例の自治体主催行事となったが、小谷隆亮町長はあいさつで、「雑誌『正論』に連載されていた西尾先生の連載『わたしの昭和史』で、先生が町内にある加藤内科の加藤理院長と水戸時代の親友であることを知り、加藤院長を通じて講演会を企画した。町民はみんな楽しみにしていた」と経緯を語った。

(中略)

 以上の記事を書いて下さったのは水戸支局の渡辺記者で、短い中にとてもよくまとめている。
心がこもっている。
今は水戸支局にいるが、少し前まで東京本社でつくる会を応援してくれていた。
水戸にいても問題を決して忘れない。
大学入試センター試験の世界史の逸脱問題をいち早く見つけて
水戸から私にファクスを送ってきてくれたのは彼である。あの一件はこれで火が点いたのである。
 
http://www.megaegg.ne.jp/~nitiroku/kako39.html

155 :文責・名無しさん:2006/01/22(日) 12:40:08 ID:kWN9+Vhj
>>149
>産経新聞の水戸支局の 渡辺記者 が世界史の虚偽問題に気がついて、私をはじめ関係者にファクスを
>送ってきたのは1月19日(月)午後3時頃だった。

渡辺浩 記者はこのセンター試験の件の論功賞で本社社会部に復帰、その後ID理論の紹介で有名になった。



181 :文責・名無しさん:2006/05/03(水) 12:23:30 ID:Box9gVVJ
http://nishimura-voice.seesaa.net/article/16875552.html
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=74832&servcode=500§code=500

平壌詣でをした売国新聞社主達

共同通信社社長(団長)石川 聰
産経新聞社社長    住田 良能
北海道新聞社社長   菊池 育夫
東奥日報社社長    塩越 隆雄
秋田魁新聞社社長   佐藤 暢男
山形新聞社社長    黒澤 洋介
岩手新聞社会長    村田 源一朗
河北新報社社長    一力 雅彦
新潟日報社長     星野 元
上毛新聞社社長    高橋 康三
神奈川新聞社長    稲村 隆二
山梨日日新聞社社長  野口 英一
神戸新聞社長     稲垣 嗣夫
中国新聞社社長    川本 一之
山陽新聞社社長    佐々木 勝美
山陰中央新報社社長  山根 常正
福井新聞社社長    吉田 哲也
新日本海新聞社    吉岡 秀樹
西日本新聞社社長   多田 昭重
高知新聞社社長    岩井 寿夫
熊本日日新聞社副社長 柿山 武志
琉球新報社社長    比嘉 辰博

(ココまでにちゃんねるから抜粋。信憑性は自己責任でご確認ください。下記ウィキには常務が行ったと記載アリ)

(以下、ウィキより抜粋)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E

産経新聞は古くから蒋介石支持として知られ、国民党政権時代は、日本で最も親中華民国の新聞として知られていた。鹿内信隆は、蒋介石のあとを継いで中華民国総統に就任した蒋経国と会談した際に、蒋介石の日本への恩を忘れないようにとの思いでフジサンケイグループとして箱根彫刻の森美術館に蒋介石の威徳を讃える「中正堂」を建立したと述べている。
鹿内信隆社長時代には台湾の中国国民党政権を支持する立場から日本軍による中国での虐殺行為を肯定する記事やコラムを多数掲載していた。また、鹿内自身が慰安所の設置運営に関与した事を認めていた。



2006年4月には加藤雅己常務が共同通信加盟社の旅行団メンバーとして北朝鮮へ渡った。



大阪四条畷の販売店より起こされた裁判の2006年1月の判決で大阪地裁は、送り部数5000部に対し2000部が余っていたと判定した。また、2007年5月の東浅草店の「押し紙」裁判は東京高裁で、解決金として150万円が産経から原告へ支払われることで解決している。



2008年5月18日に木村正人ロンドン市局長が、記事「【土・日曜日に書く】木村正人 「JAPAiN」の特効薬」で、ビル・エモット『エコノミスト』前編集長に産経新聞は「ナショナリスト(愛国主義者)の新聞」(なのに、もっと自分の国に誇りを持たないといけないぞ)と言われた話を披露している。



1992年、
スタニスラフ・レフチェンコ元KGB少佐の証言をもとに旧ソ連から日本社会党への資金流入について追求する記事や社説を掲載した。だが、『文藝春秋』6月号におけるレフチェンコのインタビュー中で、産経新聞にも工作を行い、当時の編集局長を取り込むことに成功したとの発言が掲載された。産経はこのレフチェンコ発言に対する反論を1993年5月12日の朝刊に当時の編集局次長、住田良能名で掲載し「彼の発言を多少なりとも信じては気の毒なことになる」と書いて、その証言を全否定した。以後レフチェンコ証言に基づく記事は掲載されず報道は終了した。



1993年、テレビ朝日の椿貞良取締役報道局長が、民放連の会合で総選挙について「『非自民政権が生まれるよう報道せよと指示した』『“公正であること”をタブーとして、積極的に挑戦する』と発言していたことをスクープ。一部ジャーナリストから批判を受けたが、その年の新聞協会賞を受賞した。




1992年、
「私たちは”国際合同結婚式”を応援します。」「世界平和に貢献する「統一運動」」

という統一教会の国際合同結婚式を支持する学者・文化人の会(代表世話人:元筑波大学総長福田信之、世話人:元駐韓大使金山政英、政治評論家細川隆一郎)の意見広告を掲載したことで、「原理運動に反対する被害者家族の会」から批判された。

統一教会は以前から「親泣かせ原理運動」と呼ばれたように、家庭問題や「霊感商法」を初めとした様々経済活動に対して社会的な批判があり、同年には核開発疑惑が高まっていた北朝鮮に経済支援を約束するなど、公安警察からも警戒されるような状況にあり、翌1993年には、金丸信による文鮮明の日本入国許可騒動もあって、統一教会を利するこの意見広告の掲載したことは、日本の保守派からも批判された。

(以上抜粋。ウィキなので信憑性については各自ご自分でご確認ください)









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右寄り報道を過信しないほうがよいかと、、、

2008/07/15 19:06
右寄り報道を過信しないほうがよいかと、、、


古森記者のブログについて

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/642461/
【中国は歴史に直面していない――アメリカ人学者の指摘(3) 】
(上から抜粋)

アメリカ人の中国研究学者ペリー・リンク、ピーター・グリース両教授による中国のナショナリズム考察の紹介を続けます。
今回は中国の歴史観です。
中国は日本に対し、「歴史を鑑に」とか、「歴史に直面せよ」と説くけれども、中国こそ歴史に直面していない、という厳しい指摘が出てきます。
古森が雑誌SAPIO最新号に書いた論文の紹介です。

                   =========
リンク氏によれば、中国共産党はこういう趣旨のナショナリズムの拡散に、教科書、博物館、新聞、テレビ、映画、そして政治指導者の演説などを総動員した。
 
「輝ける歴史と伝統を持つ中国は近年、日本、ヨーロッパ、アメリカなどによって屈辱を受けてきたことを忘れてはならない」という政治メッセージが出発点だという。

 そうなると、その帰結は明白である。

 日本こそがそのメッセージが煽る怒りや憎しみの最大対象となるわけだ。

 戦争の歴史に依拠する反日ナショナリズムである。
しかしこの反日ナショナリズムは、中国人民の感情から自然に頭をもたげたというよりも、共産党の政策として加工されて提示され、拡大されていったというわけである。

 この側面に関連してリンク氏は興味ある実例をあげた。
「アメリカの著名な中国研究学者のF・W・モート氏が第二次大戦終結直後に南京を訪れた際、日本軍の残虐行為については話をいろいろ聞いたが、地元住民の間に憤慨からの報復感情がほぼ皆無なのに驚いた。

政治指導者でも蒋介石が『以徳報怨』という表現日本を許すと言明した。
毛沢東も権力の座にあった二十七年間、南京虐殺はまったく無視した。言及したことも、被害者を見舞ったことも、ただの一度もない。
だが彼の後継者たちがこの眠ったままの問題を煽り立てることの政治的便宜を考えついたのだ。その結果、後から毛沢東の書が南京虐殺記念館に飾られることになった」

南京事件もつまりは中国側が最近になって政治的便宜性のために、新たに掘り出して、ナショナリズム高揚の材料とした、というのである。
リンク氏はそのうえでひとつのエピソードを語った。

 「アメリカを訪れた中国共産党幹部たちが南京虐殺を持ち出し、日本が『歴史に直面していない』と非難したので、私は彼らに告げた。『中国側こそ毛沢東主導の大躍進で千万単位の自国民が殺されたのに、その歴史には直面していないではないか』と」

(つづく)

(以上抜粋、古森記者のブログ内容は続くそうです)




このエントリは(つづく)になっている。
ので、この 
>南京を訪れた際、日本軍の残虐行為については話をいろいろ聞いたが、>地元住民の間に憤慨からの報復感情がほぼ皆無、>蒋介石が『以徳報怨』という表現日本を許すと、>この眠ったままの問題を煽り立てることの、>掘り出して、>眠ったままの問題
等、

南京虐殺があったということを大前提として進めている学者の言い分。
それの否定を全く今回のエントリではしていない


はたして、数多くの今回だけ読んだ者達は、南京虐殺が捏造だったことと思えるのか?
何も予備知識無かったら、そのまま鵜呑みにしないか?
イメージ操作の材料てんこ盛りじゃないか!!


なったって
"「右翼新聞産経の大御所記者」が書いたブログ" である。


なんか、毎日のやり方を賢くしたように見えるのは私の気のせいだろうか?


ためしにこの回のエントリだけど印字して、予備知識無い者達に見せて見ようかと思う。
あまり日本人の知り合い居ないけどw



!!追記!!http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/643517/
続きのエントリでも結局南京虐殺があったとする学者の言い分の反論(お断りなり、の事実記載)は全く無いようです。

この方は一体、「読む者にどのような印象を与えよう」としているのでしょうか???

サンケイ新聞は、読者をどう誘導しようとしているのでしょうか?


「今回の連作は、中国のやり方に対する論文のからの引用で、焦点が違うから、、」
と思ったら、ご愁傷様。
1、 今回だけ読むものもいる
2、 南京に関しての予備知識は学校で教わった「南京虐殺があった」ということだけの者達のほうが、日本国内はおろか、世界でも圧倒的多数派。
3、 産経は外国においても「日本の右よりの新聞」として名が通っている。
4、 当該ブログを書いた記者は産経の重鎮記者、新米などではない。




!!追記の追記!!

読む者たちを他の大きなテーマに縛り付けておいて、その大前提となる材料を何気に『捏造を加えて』投入する。

誰もおかしいと思わないのかな?

自分はその知識が豊富にあり、ある程度はわかっていても、一般の人たちは予備知識も何も無いですよ?

全く、『映画YASUKUNI』の時と一緒!!

あの時も、一般の人は予備知識を持っていない。それなのに皆「見ればわかる!!」
見せたら絶対に刷り込まれるに決まっているのに、見せたがる。右と呼ばれる人たちもだ!!


案の定、映画公開後の一般人観覧者の感想は

「全く問題が無い」

、、、OTL、、、

で、
その意味がわかった人も極少数
、、、、OTL、OTL、OTL、  日本終りだわwwwwwww


今回も全く一緒!!

「サンケイだから日本に不利益になることは書かない」
「サンケイの重鎮古森記者だから、日本に悪いことは書かない、しない」

と決めて掛かっている。内容を吟味すらしようとしない、、、あれ? 出 来 な い のかな?、OTL


朝日や毎日、創価や統一などの売国サヨク・カルトは判り易い。日本にとって悪いと判り易い!!

わかり易いのはまだ安全な方!!



たまに言っているけど、

一番危険なのは

 『 獅 子 身 中 の 虫 』 



何が正しいのかわからなかったら、一番安心そうなのを疑うこと

「そうしたらおまえ(うにまろ)だって疑いあるぞ!」と思うでしょう。
大正解!!ソレ位する!!
どっちか判らなかったら「保留タグ」を貼り付けておく。

でも、こいつは大丈夫!!って、「安全タグ」を貼っておいても毎回吟味する。いつ変わるか、いつ化けの皮がはがれるかわからないから。
そのくらいが当たり前。
「あの人を信じていたのに!」
なんて言葉、外人がはかないでしょう?
外国にいてそんな言葉聞いたことが無い。
「裏切られた!」
なんてもの、
本当に「裏切って逃げた」くらいにならないと使わない。

日本と日本以外では物差しがぜんぜん違う。

このエントリの指摘点も、そう大きな問題ではない。日本以外では。
日本ではみなうまく、しかも簡単に刷り込まれてしまうから、問題となる

この危険性が、わかんないかなぁーーーーー、、、、OTL、OTL,OTL、OTL、、、

こんなことすらわかんないようじゃ、どうしていいかわかんないや、もう、、




<<当該ブログに書いた私のコメント>>

Commented by unimaro さん
失礼いたします。
「南京虐殺は嘘19 誰も知らなかった虐殺5 毛沢東 」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/7032910.html

「南京虐殺は嘘49・蘇る捏造by朝日新聞1・忘れ去られた「南京」を1970年代に大宣伝 」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9753809.html

「南京虐殺は嘘50・蘇る捏造by朝日新聞2・「南京大虐殺」は本多勝一たち朝日新聞が1970年代に作った 」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9824296.html

「南京虐殺は嘘80・いつ誰が創作したのか?なぜ南京なのか?」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12408845.html

「「南京事件」で胡錦濤に公開質問状・「南京事件の真実を検証する会」(加瀬英明会長)がでっち上げられた虚構を証明・昨年は温家宝にも・松原仁が衆院外務委員会で南京大虐殺を完全否定」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/32839619.html


そういえば、今の社長さんが以前台湾で共同制作した論文か本がありましたね、南京に言及した。
(米、ココまで)

↑「蒋介石秘録」のことでしたw



<<参考>>
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1114269940/
9 :文責・名無しさん:2005/04/24(日) 03:46:31 ID:SszFABVd
産経新聞昭和51年掲載 蒋介石秘録(執筆メンバー産経新聞主筆住田現社長)

全世界を震え上がらせた蛮行
 日本軍はまず、撤退が間に合わなかった中国軍部隊を武装解除したあと、長江(揚子江)岸に整列させ、これに機銃掃射を浴びせてみな殺しにした。
 虐殺の対象は軍隊だけでなく、一般の婦女子にも及んだ。金陵女子大学内に設置された国際難民委員会の婦女収容所にいた七千余人の婦人が大型トラックで運び出され、暴行のあと、殺害された。
 日本軍将校二人が、百人斬り、百五十人斬りを競い合ったというニュースが、日本の新聞に大きく報道された。
 虐殺の手段もますます残酷になった。下半身を地中に埋め、軍用犬に襲いかからせる‘犬食の刑’、鉄カギで舌を貫いて全身をつるしあげる‘鯉釣り’、鉄製のベッドに縛りつけ、ベッドごと炭火の中に放りこむ‘豚焼き’―など、考えられる限りの残忍な殺人方法が実行された。
こうした戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量虐殺は2カ月に及んだ。
犠牲者は三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである。
『倭寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている。野獣にも似たこの暴行は、もとより彼ら自身の滅亡を早めるものである。それにしても同胞の痛苦はその極に達しているのだ』(一九三八年一月二十二日の日記)
南京に住む外国人たちで組織された難民救済のための国際委員会は、日本軍第六師団長・谷寿夫にたいし、放火、略奪、暴行、殺人など計百十三件の具体的事例を指摘して、前後一二回にわたって厳重な抗議を提出したが、谷寿夫は一顧だにしないばかりか、逆に、血塗られた南京の状況を映画やフィルムに収め、日本軍の‘戦果’としてほめたたえたのである。
▼東京裁判の判決によると、南京で虐殺されたものは、一般人、中国兵合わせてすくなくとも二十万人以上、略奪放火された家屋は、全市の三分の一とされている。
また谷寿夫は一九四六年三月、南京郊外の雨花台で戦犯として処刑された▲


(うにまろ:上記の件は全く立証されていません。また、当時の状況から物理的に可能な範囲を超えていると見られています。処刑のための弾薬、死体処理、戦後に発掘された遺骨の量などからです。なぜ、それらを全く無視した記述をし、疑問点があることすら記述されていないのかがとても不思議な点です。「日本の右翼新聞」と世界に名が通っている産経がこの本を出したことを皆が知れば、「日本の右翼が言うくらいなのだから真実なのだろう」というのが世界の人々の評価となります。このような見方はでかいでは一般的なので、絶対になります。)

(続く)














なかのひと

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【今は昔】 柴五郎 【ウィキサヨも上手くなってきた】

2008/07/08 17:34
ウィキを見たら、まるで○○ケイ新聞の記事やブログみたいに、ほーんの一部だけ変えて(?)全体をひっくり返す手法を使っていた。
素晴らしくうまく書いている。「おかしいな?」という匂いがしなければ気がつかなかった。
朝日や毎日はわかりやすい。↑のようなウヨ(世界的に見れば中道左派)の仮面をかぶったサヨでも上手い奴がうようよいるようだ。
気をつけたほうが良いね♪

Japan On the Globe(222) 国際派日本人養成講座 人物探訪:コロネル・シバ
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog222.html
(以下コピペ)

■1.唐突な日英同盟締結の背景■
 ちょうど100年前の1902(明治35)年1月30日、日英同盟が成立した。同盟締結を推進したのは、駐日公使マグドナルドであった。マグドナルドは前年夏の賜暇休暇にロンドンに帰るとソールズベリー首相と何度も会見し、7月15日には日本公使館に林菫公使を訪ねて、日英同盟の構想を述べ、日本側の意向を打診した。マグドナルドは翌日も林公使を訪問して、イギリス側の熱意を示した。それからわずか半年後には異例のスピードで同盟締結の運びとなった。

 イギリスが日本と結んだのは、ロシアの極東進出を防ぐという点で利害が一致したからである。しかし、当時の超大国イギリスがその長年の伝統である「光栄ある孤立」政策をわずか半年で一大転換し、なおかつその相手がアジアの非白人小国・日 本であるとは、いかにも思い切った決断である。その背景にはマグドナルド公使自身が一年前に経験した一大事件があった。

■2.義和団の地鳴り■
 1885(明治28)年、日清戦争に敗北して、清国が「眠れる獅子」ではなく「眠れる豚」であることを露呈するや否や、列強は飢えた狼のようにその肉に食らいついていった。三国干渉により日本に遼東半島を返還させると、それをロシアがとりあげ、同時にドイツは膠州湾と青島、フランスは広州湾をむしりとる。イギリスは日本が日清戦争後にまだ保障占領していた威海衛を受け取り、さらにフランスとの均衡のためと主張して香港島対岸の九龍をとった。
 こうした情況に民衆の不満は高まり、義和団と称する拳法の結社があらわれた。呪文を念じて拳を行えば、刀槍によっても傷つくことはない、と信じ、「扶清滅洋(清国を助け、西洋を滅ぼせ)」をスローガンとして、外国人やシナ人キリスト教徒を襲うようになっていった。

 1900(明治33)年5月28日、義和団の暴徒が北京南西8キロにある張辛店駅を襲って、火を放ち、電信設備を破壊した。北京在住の列強外交団は、清国政府に暴徒鎮圧の要求を出す一方、天津の外港に停泊する列国の軍艦から、混成の海軍陸戦隊400名あまりを北京に呼び寄せた。日本も軍艦愛宕からの25名の将兵が参加した。今風に言えば多国籍軍である。

 6月4日、北京−天津間の鉄道が、義和団によって破壊された。北京の外交団は万一の場合の脱出路を奪われた形となった。すぐに2千の第2次混成部隊が出発したが、鉄道の修復に時間がかかり、いつ北京にたどり着けるか、分からない状態だった。

■3.籠城計画■
 北京の公使館地域は東西約9百メートル、南北約8百メートルの方形であり、ここに欧米10カ国と日本の公使館があった。6月7日、各国の公使館付き武官と陸戦隊の指揮官がイギリス公使館に集まって、具体的な防衛計画が話し合われた。
 日本の代表は、この4月に赴任したばかりの柴五郎中佐であった。柴は英仏語に堪能で、また地域の詳細な防御計画も持参していたが、始めのうちは各国代表の議論を黙って聴いていた。日本の兵力が少ないこともあったが、まずは各国の人物、能力を見極めようという腹だった。さらに東洋人がいきなり議論をリードしては欧米人の反発を招くということも十分に心得ていた。
 柴は会議の流れを掴むと、目立たない形で、自分の計画に合う意見については「セ・シ・ボン(結構ですな)」と賛意を示し、また防御計画の要については、ちょっとヒントを与えると、別の列席者がさも自分の発案であるかのように提案する、という形で、巧みに議論を誘導して、自分の案に近い結論に持っていった。

■4.義和団の来襲■
 6月11日、日本公使館の杉山書記生が惨殺された。救援部隊が来ないかと北京城外に出て、戻ろうとした所を清国の警備部隊に捕まり、心臓を抉り抜かれ、その心臓は部隊長に献上された。外交団は治安維持の頼みとしていた清国官憲までも外国人襲撃に加わったことに衝撃を受けた。
 13日、公使館区域に4,5百人の義和団が襲いかかった。おおぜいたむろしている清国官兵は、見て見ぬふりをしている。しかし刀や槍を振り回す暴徒は、列国将兵の銃撃に撃退された。14日、怒った暴徒は、公使館区域に隣接するシナ人キリスト教民の地域を襲った。凄まじい男たちの怒号と、女子どもの悲鳴が公使館区域まで聞こえてきた。一晩で惨殺された教民は千人を数えた。

 15日、タイムズの特派員G・モリソンはイギリス公使マグドナルドを説き、20名の英兵を率いて5百人余りの教民を救出してきた。しかし、それだけの人数を収容する場所がない。困ったモリソンが、シナ事情に詳しそうな柴中佐に相談すると、柴は即座に公使館地域の中央北側にある5千坪もの粛親王府を提案した。粛親王は開明派で、日本の近代化政策を評価していた。柴が事情を話してかけあうと、教民収容を快諾した。
 この王府は小高くなっており、ここを奪われれば、公使館地域全体を見下ろす形で制圧されてしまう。この事に気づいていた柴は教民たちを動員して保塁を築き始めた。欧米人と違って、日本人の多くはシナ語を話せたため、彼らは日本兵によくなつき、熱心に協力した。また30名ほどの義勇兵も出て、日本軍と共に自衛に立ち上がった。

■6.清国軍も攻撃開始■
 6月19日、シナ政府から24時間以内に外国人全員の北京退去を命ずる通牒があった。抗議に赴いたドイツ大使は清国兵にいきなり銃撃され、即死した。
 20日午後からは、地域の警備についていた清国軍が公然と攻撃を始めた。暴徒とは異なり近代装備を持つ清国軍は大砲まで持ち出して、公使館区域を砲撃した。
 最初の2日間の戦いで区域の東北端に位置するオーストリーとベルギーの公使館が火を放たれて、焼かれた。西正面と北正面を受け持っていたイギリス兵は、イギリス公使館が西から攻撃を受けると、そちらに移動してしまった。
 北正面ががらあきとなり、清国軍が侵入するには絶好の隙間が生じてしまった。少数の日本将兵と教民たちがたてこもる北辺の粛親王府が破られれば、そこから清国軍は区域全体を見下ろし、砲撃することができる。清国軍は激しい攻撃を加えてき た。

 区域全体の総指揮官に推されたイギリス公使マグドナルドは、粛親王府の守備を固めるために、イタリア、フランス、オーストリー、ドイツの兵に柴中佐の指揮下に入るよう命じたが、兵達は土地は広く、建物は迷路のように錯綜する王府を見ると、 「とてもじゃないが守りきれない」とそれぞれ自国の公使団保護に帰ってしまった。

■7.日本兵の勇気と大胆さは驚くべきものだ■
 王府防衛の有様を柴中佐の指揮下に留まっていたイギリス人義勇兵の一人B・シンプソンは次のように日記に記した。

 数十人の義勇兵を補佐として持っただけの小勢の日本軍は、王府の高い壁の守備にあたっていた。その壁はどこまでも延々とつづき、それを守るには少なくとも5百名の兵を必要とした。しかし、日本軍は素晴らしい指揮官に恵まれていた。公使館付き武官のリュウトナン・コロネル・シバ(柴中佐)である。・・・

 この小男は、いつの間にか混乱を秩序へとまとめていた。彼は部下たちを組織し、さらに大勢の教民たちを召集して、前線を強化していた。実のところ、彼はなすべきことをすべてやっていた。ぼくは、自分がすでにこの小男に傾倒していることを感じる。[1,pp481]

 この後、王府を守る柴中佐以下の奮戦は、8月13日に天津からの救援軍が北京に着くまで、2ヶ月余り続く。睡眠時間は3,4時間。大砲で壁に穴をあけて侵入してくる敵兵を撃退するという戦いが繰り返し行われた。総指揮官マグドナルド公使は、最激戦地で戦う柴への信頼を日ごとに増していった。イタリア大使館が焼け落ちた後のイタリア将兵27名や、イギリス人義勇兵を柴の指揮下につけるなど迅速的確な支援を行った。

 6月27日には、夜明けと共に王府に対する熾烈な一斉攻撃が行われた。多勢の清国兵は惜しみなく弾丸を撃ちかけてくる。弾薬に乏しい籠城軍は、一発必中で応戦しなければならない。午後3時頃、ついに大砲で壁に穴を明けて、敵兵が喊声を上げながら北の霊殿に突入してきた。柴は敵兵が充満するのを待ってから、内壁にあけておいた銃眼から一斉射撃をした。敵は20余の死体を遺棄したまま、入ってきた穴から逃げていった。この戦果は籠城者の間にたちまち知れ渡って、全軍の志気を大 いに鼓舞した。

 イギリス公使館の書記生ランスロット・ジャイルズは、次のように記している。

 王府への攻撃があまりにも激しいので、夜明け前から援軍が送られた。王府で指揮をとっているのは、日本の柴中佐である。・・・
 日本兵が最も優秀であることは確かだし、ここにいる士官の中では柴中佐が最優秀と見なされている。日本兵の勇気と大胆さは驚くべきものだ。わがイギリス水兵がこれにつづく。しかし日本兵がずば抜けて一番だと思う。

■8.安藤大尉の奮戦■
 王府を守りながらも、柴中佐と日本の将兵は他の戦線でも頼りにされるようになっていった。アメリカが守っている保塁が激しい砲撃を受けた時、応援にかけつけたドイツ、イギリス兵との間で、いっそ突撃して大砲を奪ってはどうか、という作戦 が提案され、激しい議論になった。そこで柴中佐の意見を聞こうということになり、呼び出された柴が、成功の公算はあるが、今は我が方の犠牲を最小にすべき時と判断を下すと、もめていた軍議はすぐにまとまった。

 イギリス公使館の正面の壁に穴があけられ、数百の清国兵が乱入した時は、柴中佐は安藤大尉以下8名を救援に向かわせた。最も広壮なイギリス公使館には各国の婦女子や負傷者が収容されていたのである。

 安藤大尉は、サーベルを振りかざして清国兵に斬りかかり、たちまち数名を切り伏せた。つづく日本兵も次々に敵兵を突き刺すと、清国兵は浮き足立ち、われさきにと壁の外に逃げ出した。館内の敵を一掃すると、今度はイギリス兵が出撃して、3 0余名の敵を倒した。安藤大尉らの奮戦は、イギリス公使館に避難していた人々の目の前で行われたため、日本兵の勇敢さは讃歎の的となり、のちのちまで一同の語りぐさとなった。

 後に体験者の日記を発掘して「北京籠城」という本をまとめ上げたピーター・フレミングは本の中でこう記述している。

 戦略上の最重要地点である王府では、日本兵が守備のバックボーンであり、頭脳であった。・・・ 日本軍を指揮した柴中佐は、籠城中のどの士官よりも勇敢で経験もあったばかりか、誰からも好かれ、尊敬された。
 当時、日本人とつきあう欧米人はほとんどいなかったが、この籠城をつうじてそれが変わった。日本人の姿が模範生として、みなの目に映るようになった。
 日本人の勇気、信頼性、そして明朗さは、籠城者一同の賞賛の的となった。籠城に関する数多い記録の中で、直接的にも間接的にも、一言の非難も浴びていないのは、日本人だけである。[1,p500]

■9.コロネル・シバ■
 救援の連合軍が、清国軍や義和団と戦いながら、ついに北京にたどりついたのは、8月13日のことだった。総勢1万6千の半ばを日本から駆けつけた第5師団が占めていた。その他、ロシア3千、英米が各2千、フランス8百などである。籠城していた柴中佐以下は、ほとんど弾薬も尽きた状態だった。

 14日、西太后の一行は西安に向けて脱出した。その午後、北京入城後最初の列国指揮官会議が開かれた。冒頭マグドナルド公使が、籠城の経過について報告した。武器、食糧の窮迫、守兵の不足、将兵の勇敢さと不屈の意志、不眠不休の戦い、そして公使は最後にこう付け加えた。

 北京籠城の功績の半ばは、とくに勇敢な日本将兵に帰すべきものである。

 柴中佐が日本軍将兵と日本人義勇兵にこの言葉を伝えると、嗚咽の声が漏れた。誰もが祖国の名誉を守り、欧米の人々からも認められた誇らしい感情を味わっていた。

 柴中佐はその後も日本軍占領地域では連合軍兵士による略奪を一切許さず、その治安の良さは市民の間のみならず、連合軍の間でも評判となった。

(以上抜粋 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog222.html ここより)


その後、台湾軍司令官などいくつもの経歴を経て、日本最後の戦争の前、昭和5年に退役。
敗戦時に身の回りを片付けはじめ、自殺を試みるもかなわず、その傷がもとで12月に死去された。

退役をあと10年、10年だけ遅らせ、若い者達や軍の主だった者達に明治の気概を教えていてもらえたら、また違っていたかもしれない。
歴史のIFは面白いし今後の為になるが、これこそ今後に活かし、伝えなければ成らないものを持つ老人達には出来うる限り伝えていってもらいたい。




近代日本人の肖像 柴五郎
http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/275.html

日本兵士のすばらしさを欧米中に最初に知らしめた男 柴
http://www.nipponnosekaiichi.com/great_man/shiba-goro/597.html

ウィキペディア 柴五郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E4%BA%94%E9%83%8E

ウィキペディア 義和団の乱 ←問題あり???
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%92%8C%E5%9B%A3%E3%81%AE%E4%B9%B1


ウィキペディア側には少々不審な点がありましたので記載しておきます。
(義和団の乱)
>籠城戦に当たって実質総指揮を担ったのは柴五郎であり(各国中で最先任の士官だったから)、解放後日本人からだけでなく欧米人からも多くの賛辞が寄せられている

カッコ内がなぜ必要か?
最先任というだけで「実質総指揮者」に当時の白人達が容認するか?
柴は着任したばかりだったのが事実だが、それでも最先任なのか?
そのような立場だけで総指揮官になったのであれば、その後に各国から勲章が贈られ、柴のおかげで日英同盟まで発展したのはなでなのか?

ここの上二つと四つ目から何か意図があるように見える。
三つ目はどこの資料にもそのことは見当たらないが、どこかで勘違いしたのかもしれない。が、もしそうだとしたとしても、そのほか三つの疑問は消えない。

>「耶蘇教民がいてわれわれを助けなかったならば、われわれ小数の兵にては、とうてい粛親王府は保てなかったかと思われます」、「無事にあの任務を果たせたのも信用し合っていた多くの中国人のお陰でした。そのことを明らかにすると、彼らは漢奸として、不幸な目にあうので、当時は報告しませんでした」
>この王府は小高くなっており、ここを奪われれば、公使館地 域全体を見下ろす形で制圧されてしまう。この事に気づいていた柴は教民たちを動員して保塁を築き始めた。欧米人と違って、日本人の多くはシナ語を話せたため、彼らは日本兵によくなつき、熱心に協力した。また30名ほどの義勇兵も出て、日本軍と共に自衛に立ち上がった。

第一に、義和団側というか清国軍ですら、近代兵器を持っていたが使えなかったぐらいの原住民程度であった。よって、銃器使用による協力不能。ましてや弾薬不足であり、素人に使わせる分は無い。
第二、義和団と清国軍側は屈強な兵士などであり、ウィキ文中にもあるように日本軍に賞賛されるほど勇敢で強かった。それに素人が対抗できるわけ無いし、それをさせた記録も無い。
第三に、>彼らは漢奸として不幸な目にあうので、当時は報告しませんでした」
とあるが、もう当時虐殺されており、それで逃れてきていたキリシタンである。聡明な柴がそれを忘れていたわけではあるまい。もし、本当に柴がこのような発言をされていたのであるならば、所謂リップサービスの域を出ない。

>公使館区域に隣接するシナ人キリスト 教民の地域を襲った。凄まじい男たちの怒号と、女子どもの悲鳴が公使館区域まで聞こえてきた。一晩で惨殺された教民は千人を数えた
事実はこのようなものだったのだ。

義勇兵として立ち上がった勇敢な30名の支那人クリスチャンがどのような仕事をしたかについては言及が無い。特記するべきことがあれば、このウィキを書いた者は書いていたはずだろう。
ただ言えるのは、18名の支那人クリスチャンが亡くなった、というほどくびの皮一枚の激戦だったということだ。
戦える人間を一人でも消耗させたくない状況であったのは、誰でもが想像できることだ。
そのような状態で、しかも(多分だが)銃を握って敵の目前に立っているのではないだろう支那人たちが18名も殺害されたことは、どれほど肉薄されていたことだろうか。
その状況を考えても、2ヶ月を持たせた、ということだけでも奇跡に近いのに、4000名を高々500人で、各大使館と王府という複数個所を守りきり、犠牲者も少数で済んだのは、とても信じ難いことだ。


>しかし籠城を成功させた最も大きな理由は、清朝の不徹底な交戦姿勢にあった。西太后の命により「宣戦布告」したものの、少なくとも栄禄ら戦争消極派はそう考えていた。のである。、柴は董福祥の甘軍は真剣に包囲殲滅を目指しているが、栄禄直轄の部隊は銃撃するものの突撃などは少なかったと解放後に述べている

これも先ほどの疑問と同様。
なぜ>柴五郎らもその辺の温度差を敏感に感じ取っており  ということが出来たのか?スパイでも放てた状況とはとても思えないが。そうであったならば言及が無いのも不思議だ。

もっとわからないのが、
>当初から列強に勝利する確信は清朝側に無かった。
これと、
>したがって敗戦後の連合軍の報復を考慮したとき、公使館に立てこもる人々を虐殺することに躊躇を覚えていた
つながりが希薄。
現在の日本人や欧米人を基準に考えれば当然といえば当然の考えかもしれない。
が、当時の状況や当時の人間の行動などを見てみると、現在の人間の考えとはかなり違う。しかも支那人である。「逃げる」のはあたりまえの支那人である。現に西太后は逃げた。一般人の振りをして。日中戦争時代になっても国民党や共産軍は同様なことをしてきた。しかも(柴が去った後と思える)連合軍は略奪し放題のような記載もある。
なぜ、包囲清国軍司令官達だけが、そのような現代的白人や日本人的な考えを持てたのか不思議でならない。
話し合いに出た公使を問答無用に射殺しておいて?
全くにこの文を書いた者の意図がわからない。



なので、柴五郎の命令で略奪品の多さが連合軍で最高だった、という記述も裏付けもないし、どう信用すればいいのかw

一つ一つは、「まぁ、それもありかも、、」であるが、その総体としてみると“白人や日本が悪い!!”となってしまっているように取れるように書いてあるのが、、、、、
言葉をもうちょっと厳しく変えて読んでみると意図が良くわかるw
だが、これで大多数がそう信じ込んでしまうのが非常に危険だと考える。
ここでそうやっているのだ。ほかでもどれだけやられていることか、、考えただけでも気が遠くなる。
しかも、通常の判りやすい「平和詐欺者」達にも騙される輩が多いし、、、OTL、、、
ねずみ講のほうがよっぽど国に与える害がないわw



ウィキは素人が書く辞典だ。情報も早く大変便利だが、素人がその個人の主観をも含めて書くことなのだ、と理解したうえで見ないと騙されることもある。他の資料との併用は必須だ。(まぁ、他の資料にも同様なことがいえる場合も多いが)


にちゃんを便所の落書きとするならば、ウィキや他のブログも同列になると思う。本名出したから絶対信用できるか?無理だしw







掲示板作りました。
社会を我々の底辺からよくしていくためにいろいろ知恵を出し合いましょう。
前向きな考えであれば、頭が集まれば集まるほど良い知恵になると思います。
今はまだ僻地ですが、良い議論をするスペースになればよいと思ってます。
主義主張にそれぞれ違いがあるとは思いますが、我々の社会、国を我々日本人のためによりよくして行きたいという思いは同じだと思います。
最終的な目的が同じであれば、議論や行動がこなれればそのうち最も良いものが生まれてくるでしょう。
その希望をもって些細な掲示板をたてました。http://2bbs.knacks.biz/unimaro1/index.php
ご参加お待ち申しております。
                                        うにまろ  拝








なかのひと
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【論客】 NHK vs Coffee氏 (古い記事ですが、南京) 【議論】

2008/06/29 17:05
 

「息をもつかせぬ緊張感に満ちた討論!!」



いつも紹介させていただいているCoffee氏の過去記事からです。

回答の内容はおいといても、回答をよこすNHKにもびっくりしました。

ピンポンダッシュはサヨの常套手段ですが、このときは違ったようです。



全部で4エントリーになります。

抜粋は雰囲気を損なうのでいたしません。

よろしければ、お手数ですが、URL先を順番どおりに御覧くださいますよう、お願い申し上げます。





813日放送「NHKスペシャル」宛に出した手紙の返事がNHKから来た。日本軍の残虐行為や南京大虐殺の根拠は歴史教科書や政府見解とのこと・・・呆れ

http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/24563662.html

(つづき)・・・ツッコミどころ満載なので早速反論!

http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/24564410.html



813日放送「NHKスペシャル」宛に出した2回目の手紙に2回目の返事

相反する複数の数字や証言があるのにNHKは極端に日本を悪者にする数字や証言だけを採用

http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25519455.html

(つづき)

http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25520606.html 





追伸

全てをごらんいただければ納得されると思いますが、

「論客」ってこういう方のことを呼ぶのではないでしょうか。



朝生が子供の戯言に見えます。



こういう方をどんどん発掘して討論会を開いたら、さぞかし素晴らしいものになることでしょう。

夢でしょうが、見てみたいですね。

 

 

 

 

 



 





なかのひと
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【勝手な見立て】 『社会の精神≒個人の精神』 【日本の特殊性】

2008/06/20 13:09


開国後の明治以降から
日本人のメンタリティは徐々に汚染され始め、戦前までは根性でどうにかその汚染による発症を無理やり抑えていました。が、先の大戦で負けたことによりそれが出、米国の文化・戦後教育・などがかなりの加速をさせ、バブル期にそれが二次曲線的に増加しました。
ここに至り、日本人のメンタリティは、昔に比べればほぼ壊滅状態に至りました。
日本人のDNAにより、明治以後から流入したものの多くは、深層心理においては表層と逆で、実はとても受け入れ難いもので、そのことは個々の精神に多大な悪影響を及ぼしたのです。
現在、「精神的におかしい」と思えるレベルの人は外から帰ってきた目で見ると、7−8割います。

我国日本人の場合、
社会の精神≒個人の精神 なのですよ。
社会が壊されると、壊れた人間が多くなる。

ここが日本の特殊性でも有り、強みでもあり、高度な精神文明発達要員でもありました。

しかし、「異質」が中に入ってくるとたやすく崩壊してしまう。

「島国根性」と呼ばれ、
「新参者」や「異質なもの」を排除しようとする、このシステムは、
「日本人にとっての防衛システム」なのです。
ただ、世界どこを見ても日本以外ないでしょう。
誰も理解できはしません。





ソースなし。有ったら教えて欲しいほどです。
お願いいたします!



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なかのひと
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【いたいらんど】 「すぐよこさないから辞める!」 【移民】

2008/06/17 17:09
まったく、、
うちの方式として、コミッションは月末に入金分を纏めて、給料日に給料と一緒に払う(うちの給料日は5日)ことになっている。
「すぐよこさないから辞める」
、、、OTL、、、何回も説明したじゃん、、、
前借してもいいって言ってるじゃん、、、
前借だって利息取る訳じゃないんだから他社みたいに、、、
コミッションは特別にエージェントにしてやってるだろが、、、倍だぞ?
社員だから経費は会社持ちだろ?

タイ人ってやつぁ、、、

コレでも今まで一番マシな人材。


前に面接に来た中華系が、
「集金できたらではなく、商品が売れたらコミッションくれ!」
と言ってきた。
うちの集金は企業相手には30日のクレジットをやっている。
奴が何をやろうとしているのかこれでお分かりであろう。
一応説明すると、
今月20台って50万バーツの納品。勿論集金は来月である。が、やつはコミッションを5万バーツ手にして、翌5日に給料も手にしてそのまま来なくなる。
で、集金に行くと払わない。「いいよ、返品だ、商品持って帰れよ」
使った商品は売り物にならない。
計56万バーツをパーにされた。となる。

集金できてから締め日にまとめ、給料に乗せて払うのは一般的だ。
こっちの奴らは自分に関係ないことには一切興味を示さない。だから自分がその問題になるまではどこがどういう仕組みをどう使っているかなんて知ろうとしない。だから「一般的」が何かも知らない。知ろうとしないから。

ずいぶん前、来た当初である。いろいろな原住民と接して思ったことが「何も知らない」。
バスのルートを聞いても、自分が使っていないルートは知らない。誰がそのルートを使っているかも知らない。興味すら無い。(暇な私はよくバスに乗って終点まで行って見た)

道路にしても一緒。「来たことないから知らない、わからない。なぜ私が知らなきゃいけないんだ」
だそうである。(暇な私は道路を適当に入るのが好きだった)

この現象は
知的好奇心が無い
責任感が無い
反省が無い

主に上記3要素が皆無だからに尽きるだろう。
ただ、マレーなど他の地域では「想像や予想など、考えることをしてくれる」者も多くいる。
「あの*番のバスがあっちのほうに行ったかもしれない、並んでる人に聞いてみな」
「その**番のバスの運転手に聞けばわかるかも、途中まで行っているはず」
なとどわりかし適切なアドバイスをくれる場合が多い。だから「聞く気」になるのだが。
タイではほぼ、聞く気にならない。相手の状況を見て「こいつなら知っている可能性が高そうだ」という者以外に聞いても無駄だし、出鱈目が多いからだ。
タイは特殊なのだ。

さて、
外人移民やら参政権やら外人に管理させる人権擁護法やら、元外人に裁判の判決を出させる裁判員制度やらいろいろ日本の主権を外人に譲渡しようという動きが活発に広まっている。

外人は日本の習慣ややり方を尊重しているのか?
外人は積極的に日本人になじもうとしているのか?(日本人に馴染む=日本に馴染む)
外人は日本の国家と日本人を尊重し、自分の国家と相反しない限り、国家日本(政府ではない)に忠誠を尽くそうとしているのか?
外人は日本では「自分は母国の代表だ」という意識を持ち、母国人の犯罪を撲滅しようとするなど、母国の誇りに貢献しているのか?
外人は、日本と母国の良い架け橋になろうと努力しているのか?
などなど

以上は「外国にいる外国人としての常識」である。
これがない奴らは排除される。当該地域在住の外国人も、その常識が無いやつらが排除されても「当たり前」だとしか思わない。


我が国国民も世界では特殊で、「祖国日本や他の日本人にどんなに迷惑がかかろうと、自分が被害に逢わない限り、外人を擁護するきらい」がある。
自分を「いい人」に見せたい偽善者がそれだけいるのか。自分を「いい人」と思いたい異常者なのか。
もしくはなんらかしらの利害関係があるのか?たとえば信仰している宗教が「朝鮮人は尊い」と言っているとか、「朝鮮や中国との親交はわれわれにとって必須なのだ」とか。
そういう奴らに限って「日本と言う小さな地域で考えたらいけない。世界規模で考えるのだ」とか言うんだよな。
世界規模で考えりゃ、上の2カ国人はどう見ても「害にしかなってないじゃないか!民族」であるのだが。
ましてや「お前らの宗教が世界にとってカルトだろうが!世界を考えるのであれば、お前ら全員首吊ってくれるのが一番いいんだぞ?地球にとって」だな。

流石に同じ宗教でも白人のはそっこまで狂ったこと言っていない。脳みそが異常にはなっていないのかもしれない。


タイで、ビザを更新するときにはほぼ必ず嫌がらせにあい、どうにか賄賂をやらずに済むよいにしても、必ず嫌味を言われる。
「日本はタイ人にビザを出さない」
そりゃそうだろが。どう考えたって「立場が違う」だろ?労働者に経営者の権利を寄越せといっているのと似たようなレベルだ。
「おまえ、給料いくら貰っている?外人が居なけりゃ、タイ人がコレだけ給料もらえるのだ。なぜ外人なんかに払わなきゃいけないんだ」
だったら、そういう人材作れよ。
全部「外資」だろ?外国に頼ってて、外国の金だろ?
「経済侵略されている」
日本が経済成長し、米国で日本たたきを始めたら工場を作ってもらえた。それを見て「俺らも叩こう」とさんざん叩いても工場が来てくれない。“しかたなく"お願いしてやっと進出して貰ったんじゃなかったけ?都合の悪いことは忘れるんだなw

日本からの部品がないと製品が出来ないのに、「それが必要なものとわかって関税で嫌がらせをして賄賂を取る」んだよな。「それが必須な部品とわかってるからこそ、過大な課税をしている」んだよな。楽しい奴らだ。

でも、全部日本人はめんどくさがって関わらないから、実態を知らないんだよな。ココにいる日本人もタイ人と変わらないから、タイに気が合い、永遠に居たがる気持ちも良くわかる。

面白いことに、以前、東芝が現地駐在の日本人200人ばかり首を切ったことがあり、そのとき皆「現地で転職先を探した」が、誰一人引き取り先が見つからなかった、ということがあったそうだ。
まともに外地で仕事してりゃ、「他の国」でも使えるはずだが。特に大企業さんの優秀な社員の方々は英語もべらべらだろう。
これは、その首切りになった人らも「タイ駐在」だし、探している就職先も「タイに染まった外資(日系)」だからだと思う。
マレーでも「タイから?タイの駐在員やってた日本人?いらないよ」となるだろう。
いっそのこと欧米やアフリカ、南米のほうが見つかりやすかったろう。そのころ中国に出る企業が物凄く増えていた。中国を転職先としていたら、皆就職できたかもしれない。
「条件」を「東芝時代と一緒」というのさえ、どうにかすればねw


外国に居て言うのもなんだが、「外人を入れちゃいかんよ」
これが「国」にとって一番基本なことだと思う。

外人が居なけりゃ出来ないことはやらなきゃいい。他国もやらせなきゃ良い。出来るようになりたいのであれば勉強すればよい。研修生だけお願いしてどこかの「出来る国」に派遣させて研修させてもらえばよい。

どっかのバカが「同一労働同一賃金」とか乳幼児以下の糞たわけな豚台詞を垂れ流しているが、ほんのこれっぽっちでも「尤もだ」とか思う糞たわけがこの世に存在するのだろうか?
あ、「共産主義」だったw
共産主義は「同一労働同一賃金」だったよなw

共産主義が崩壊して久しいので、そんな化石化したもん忘れていたわ。

今日は長くなったので、
共産主義思想の「同一労働同一賃金」
は、次回に(いつだよ!w





北京五輪中止!!





洞爺湖サミットに

ダライ・ラマを呼ぼう!!


洞爺湖町 サミット推進室 TEL 0142-74-3004 FAX 0142-74-2121
北海道洞爺湖サミット道民会議オフィシャルサイト http://www.do-summit.jp/contact/

『チベットに自由と平和を!』 http://d.hatena.ne.jp/sevetibet/ 要請・抗議文はFAXがいいらしいです。紙束は見えるので、無視できないという気持ちにさせるそうです。

国会議員のメルアド・住所Tel一覧  http://furuya.com/diet/
http://www.jca.apc.org/silvernet/giin_all.html

各府省への政策に関する意見・要望 (一斉投稿できます!)
https://www.e-gov.go.jp/policy/servlet/Propose

自由民主党に対するご意見・ご要望をお寄せ下さい。
   http://meyasu.jimin.or.jp/cgi-bin/jimin/meyasu-entry.cgi

国際連合広報センター
国際連合、そして紛争、環境、人権など国連の直面する諸問題、 あるいは日本と国連など、どんなテーマでも結構です。皆様の考えをお聞かせ下さい。http://www.unic.or.jp/write/contri.htm

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所  http://www.tibethouse.jp/home.html

チベットに国連軍を!!

チベットを国連統治に!!

東トルキスタンに国連軍を!!

東トルキスタンを国連統治に!!


(チベットに国連軍進駐統治。そのくらいできないのであれば、我が国にとって“いざ”というときに役に立たない。よって、無駄以外何者でもなくなった今の国連を早急に脱退することが、将来の日本のためだ。国連がやらなければ、国連脱退! それまでは最低でも、負担金を金輪際絶対に一円たりとも払うな!)



忘れるな!

天安門大虐殺!



http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/33501426.html
(トップにグロ画面が出てきますのでご注意!)


You tube 「さようなら中華人民共和国」
http://www.youtube.com/watch?v=SBX5tdC61e0


おや?
なぜかこんなところに、北京五輪の公式スポンサー一覧ブログが?? http://14471.iza.ne.jp/blog/entry/515464/


中国の核に

国際的査察団による厳密な

調査を!

勿論!全核施設!!


放射能性中華製品!!中華食品!!中華衣服!!中華玩具!!
放射性中華原材料を使った放射性日本製品!!食品!!外食!!

だから餃子テロのときに、みなして「全中華輸入禁止!!」と言ったろうが!!!!

(↑詳しくはhttp://unimaro.iza.ne.jp/blog/entry/605821/ もしくはhttp://beiryu2.exblog.jp/ 「米流時評」で)


創価学会vs俺
http://www.kajisoku.com/archives/eid637.html
(↑大爆笑www)


福田を直ちに
辞めさせろ!


買わない!いらない! 中国製!

中国に金を落すな! テロ資金!

使おう!
【チャイナフリー】ステッカー!





目標!ODA予算ゼロ!!
(我が国日本に百害あって一利なし)





”お勧めブログ”
『侍蟻』  http://blog.livedoor.jp/samuraiari/

『正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現』 広範囲に網羅され、資料も多く正しく豊富です!http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee

『素晴らしい?中国の奇妙な反日♪』 危険な中国滞在者ブログ。視点が面白い、TVドラマ、ニュース、中国国内ウエブサイト等、一般中国人向けメディアを解説、中国人を分析。 http://blogs.yahoo.co.jp/kusozhongguo

『UN_For_Taiwan』 台湾人からの情報、報道からの情報等。米欄お勧め。
http://blogs.yahoo.co.jp/tackeykan

タイ・マレーシア情報 『日付のある紙片』 タイに関しての私のバイブル的なブログ。知らない人には刺激が強すぎ、とても信じられないでしょう。が、増幅無く矮小無く、事実。
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/06/60_4200.html

“日本人と日本の心” 『”Me! Me! Me!文化”を受け入れないで』 今の“日本人”がどうか、という指針になるブログ。http://knights.iza.ne.jp/blog/

島根県 竹島サイト http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/

南京大虐殺を世界に宣伝する日本大使館
http://tamagawaboat.wordpress.com/2007/02/03/japanese-embassy-advertises-nanking-massacre/ 

<面白お勧め>
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb500.html
元ソ連外交官が語る 「ロシア−ユダヤ闘争史」の全貌

「保守はリベラルよりも幸福で勤勉」アメリカでの調査報告
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/602684/
(この解説http://unimaro.iza.ne.jp/blog/entry/604101/)

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なかのひと
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タイトル 日 時
Remember!! チベット!天安門!東トルキスタン!南京!
Remember!! チベット!天安門!東トルキスタン!南京! Remember fake of NANKIN !! by Chinese & Whowitenese(そんなつづりが無いだと?皮肉だw) ...続きを見る

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2008/06/09 14:22
神々の国日本、幽霊の国タイ
――!広告とお願い!―― ...続きを見る

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2008/06/05 14:06
【皇室在ってこその国家日本】
今の形式がどうであろうと、いかに見えようと、その根本たる精神はDNAに受け継がれている。(はずだと思いたいw) ...続きを見る

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2008/06/05 00:35
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2008/06/03 19:58
外人労働者流入に伴う「日本人差別評価」の無認識
特に東南アジアなど後進国にある日系企業では普通にあることなのだが、というか避けて通れないことなのだが。 ...続きを見る

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2008/06/01 23:00
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【理想の学校】 少年工科学校 【心身健全】 この学校の生徒は「公務員扱い」になります。 その関係でしょうか、自衛官の数を減らす、予算を減らす、ということで、来年から「工業高校」にさせられてしまいます。 ...続きを見る

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2008/05/27 23:41
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【移民と参政権】 実施国現地在住者の場合 現地に長く在住しているお方の、コメントです。 元コメントは、サイト「国民の創意」 のフォーラム内にあります。 http://strategy.co.jp/index.php ...続きを見る

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2008/05/25 15:25
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【中国人本質】 国と民族が義捐金詐欺! 『物資』のみ送れ!! 【被災者に渡らない】 最新ホット情報! (って、いつのホットだよw) ...続きを見る