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私にはどうしても考えられない。 が、そうしそうな者も見ることは見る。 ただ、こちらタイと日本では環境もなにもかもが違うから、こちらで考えられる「理由」が、日本の事件には当てはまらないと思う。 「怖いことだ」 「考えられない」 「酷い奴だ!」 「死刑にしろ!」 などいろいろな非難がありだろう。 が、非難だけでは何もならないことを知るべきだ。 各自が、「なぜ?」を各自なりに突き詰めていくべきだと思う。 そこで得た回答(推測など)から、「じゃ、どうすればよくなるの?」を考えていく。 でも、ひとつの頭よりは複数のほうが深よいだろう。 そこでネットの出番だ。ブログでもSNSでも子育てサイトでもいい、いろりろ考えあったり、話し合ったりするのが、防止への道だろう。 お偉い先生方がいろいろ言うかもしれない。 その考えと違うかもしれない。 でも、かまわない。 私だったら、「実際に子育てを今している人たちの意見のほうが参考になる」と思う。 お偉い先生の話は、机上の空論のことも多々あるからだ。ましてやマスコミに出るお偉い先生方の選出方法は「?」ということが多い。 重要なのは、 自分で考えて、考えを出し合い、いろいろな異なった意見から、更に考えを絞ったりまとめたりし、をれらを防ぐために、自分達が日々をどうすごしていくか、などを考えて、それを実行していくことでは無いだろうか? 【産経抄】4月4日 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/135030/ 10歳のよし子にとって、毎年3月3日は特別の日だ。女の子の節句であり、おとうさんの命日でもあるからだ。2月のある日、デパートのショーウインドーで、すてきなおひなさまを見つけた。家でその話をするとなぜかおかあさんは、不機嫌になる。 ▼きのう訃報(ふほう)が伝えられた児童文学者の石井桃子さんが、『三月ひなのつき』のなかで、心を通い合わせる母と子の姿を描いている。青森県八戸市の祖父母のもとで暮らしていた、西山拓海君(9)と母親の未紀容疑者(30)の姿も、周囲の目には、仲の良い家族として映っていた。 ▼何より拓海君の「おかあさん」の詩の行間からは、「お母さん、大好き」の声が、聞こえてくる。「おかあさんは/とってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい 気もちいい/ベッドになってくれる」。 ▼昭和8年のクリスマスイブ、作家の犬養健宅で、当時小学生だった道子さん(現評論家)に「読んで」とねだられたのが、石井さんと『クマのプーさん』の原文との出合いだった。『ノンちゃん雲に乗る』は、戦争中疎開先で、農作業のかたわら、兵隊に行った友達のために書いた作品だ。 ▼以来、作家、翻訳家、編集者として、手がけた本は、200冊を超える。東京都杉並区の自宅を開放して、子供図書館をつくったことでも知られる。独身だったけれど、頭のなかは常に子供のことばかりだったに違いない。 ▼その101年の生涯を思えば、母親がわが子を手にかける事件の異様さが、余計に際だってくる。よし子は、ひな人形のことなんかどうでもよくなる。夜おそくまで仕事をするおかあさんを見ているだけでうれしかった。拓海君だって。おかあさんがいてくれるだけでよかったはずなのに。 (今日のはいつもの方の文じゃないのかな? 注:参詣抄は何人かが書いているようです) |
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